冬の日。新たな始まり｜リアクション

冬の日。新たな始まり

【朝・寝子島高校生と家族】

　時は早朝６時。まだまだ温かい布団の中で夢の続きを見ていたいこの時間に、桃川圭花は腕組みをしながらじっとカレンダーを睨みつけていた。

　１日からずっと続いて書き込まれた赤丸は、昨日で終わっていた。赤丸は、冬休みの印。そして、今日の日付の欄には大きく『始業式』の文字。
　そう、世間的には本日は始業式なのだ。圭花の楽しい冬休みも昨日で終わったはず、なのだが。
（断じて、否！）
　圭花はますます眼光を強くしながら視線を机の上に移す。そこには、深夜まで彼女が格闘していた宿題の山が散乱していた。その光景に思わず奥歯に力が入る。
（冬休み、終わる訳ないじゃない！　私の冬休みの宿題が終わってないんだから！）
　―――圭花の冬休みは彼女の中だけで続けられていた。

　宿題が全て終わらなかった訳ではない。担任の桐島義弘の担当科目である数学だけは、圭花は何とか終わらせていた。彼女にとって苦手な科目であったが、終業式に発破をかけられたこともあり、負けず嫌いの圭花は意地でも終わらせてやろうと頑張ったのだ。
（……で、終わったのよ。数学は）
　そして圭花は改めて自分の机の上の惨状を見つめ直す。そこに累々と積み上げられたノートやテキストやプリント。……圭花に代わってはっきり言おう。要はこれが残りの宿題という訳だ。
（半分くらいしか終わってないこの状況……。厳しい。かなり厳しいわ）
　眉を思い切りひそめながら、圭花はまたカレンダーに目をやった。やはりそこには変わらず『始業式』の文字。

　それでも圭花の目はまだ死んではいなかった。そう、学校が始まることで訪れる希望もある。
　それは、人の手だ。
　クラスメイトとか、友達とか。きっと私の苦境に手を差し伸べてくれるはず。
　人間は学力だけじゃないわ。私は宿題に、私の持てる人間力の全てを投入して問題解決に当たる。提出の声がかかる瞬間まで私は諦めたりはしない。
　―――望みは、きっとある。

　……そういうのを他力本願と言うのかも知れないが、まあ頑張れ圭花！　始業式は刻々と近づいているぞ！

＊＊＊＊＊

　桃川圭花が人間力に思いを馳せている時、後木真央は早朝の暗闇の中、猫鳴館裏の畑にいた。
「てば崎おはようなのだ～」
　早起きの鶏たちに挨拶をすると、真央は彼らの餌と水を替えてやる。そして畑を一通り見てから、まだ少し暗い６時半に寮を出た。

　召喚三毛デブ猫がおーを頭の後ろに乗せ、真央は落神神社への道を走り出す。
　普段はそのまま駆け抜けていく神社の前だが、今朝は真央はその足を止め、寂れた社の前に立つ。そしてごそごそとポケットを漁り、出てきた１０円玉を賽銭箱に投げ込むと、すうっと大きく息を吸った。
「明けましておはよーございますなのだ、今年もよろしくなのだ！」
　―――パンパン！
　誰もいない境内で大きく柏手を打つ。早朝の空に響く音を聞き、冷たい空気に混じる草の匂いを真央は胸いっぱいに味わった。

（帰って来たのだ。学校に。寝子島に！）

　学校が始まるまでに耳福池から寝子島神社にも行こう。そして同じように初詣をして、旧市街のお猫さまの集会にも顔を出そう。
「よぉーし、行くのだ！」
　元気よくそう言うと、真央は白い息を機関車のように吐きながら、弾む足取りで山道を駆け抜けて行った。

このページにイラストを設定する