【終業式】始めようと思ったときが始まり｜リアクション

【終業式】始めようと思ったときが始まり

【通知表のある風景〔一年二組編〕】

　そして、式典も終わり、一部の生徒達にとっては学期の最後の関門ともいえるあの時間がやって来る。
　そう。死刑宣告もとい通知表のお時間である。

　寝子島高校一年二組の教室で、桃川圭花は、少しアンニュイな笑みを浮かべながら、ふぅと息を深い溜息を吐いていた。
（……今学期もついに来ちゃったわね。この時期が）
　現在、教室では各生徒が一人ずつ、担任の桐島義弘に名前を呼ばれて、通知表の手渡しをうけている。
「次。桃川圭花」
（……来たか）
　圭花はもう一度深く息を吐くと、意を決して立ち上がり、教壇で待つ桐島のもとへ向かう。
「……」
　桐島は圭花がやってきたのを確認すると、まずその成績表をちらりと確認するように眺めて、ふぅと一つ息を吐いた。
（あー、来た来た。毎回、このコメントタイムがイヤなのよね～……）
　それは桐島に限らず、寝子高では大概の教師は通知表を手渡す前に、生徒にちょっとしたコメントを述べる。
　そのコメントは長いものもあり、短いものもあるが、大多数の生徒にとっては憂鬱なものでしかない。
　まして、苦手科目の一つである『数学』を担当しているのが、担任の桐島である圭花にとっては特に、だ。
「……国・英・社、それに音楽と美術等はまあ及第点だ。問題は、家庭科・体育・理科、そして――数学だ」
「う……」
　基本、ク－ルに振る舞うのが常の圭花の顔がわずかにひきつる。
（まぁ、担当しているのが自分なんだから、当然そう来るわよねえ……）
　わかりきっていたことではあるし、それは担任教師として当然の責務だとも思う。
　けれど、ただ黙って聞いていることもできなかった。彼女にもくだらない意地やプライドというものがある。
「桃川、以前から言おうと思っていたことだが――」
「あー、待って。ちょっと待って、センセイ」
「……？」
　言葉を遮るように手を出して言った桃花に、桐島が怪訝そうに眉を寄せる。
「ええ、そうね。確かに先生の言う通りだと思うわ」
「……まだ私は何も言っていないが？」
　眉根を寄せる桐島をよそに、圭花はうんうんと頷いて言葉を続ける。
「でも、ね。そこはホラ、それを何と言い表すか……そう、ここは『伸びしろ』があるってことにしときましょう？」
「……」
　桐島は呆れたように目を閉じた。
　それに圭花は慌てて言葉を付け加える。
「そ、それにね、もっと数字に出ていない部分に目を向けてみて？　一学期の頃と比べたら、私、こう成長していると――」
「桃川」
　今度は、桐島が圭花の言葉を遮るように、口を開いた。
「……っ」
　圭花は息を詰まらせた。
（余計に怒らせたかな……）
　と、頬を嫌な汗が伝う。
　しかし、次に桐島の口から語られた言葉は叱責のそれではなかった。
「お前が勉学以外で、たとえば演劇などに並々ならぬ情熱を傾けていることは知っている。だからこそ、地道な努力を怠るな。演劇も、勉学もだ。努力は決してお前を裏切らない」
「え……」
　意外な言葉に、圭花は目を見開いた。
「以上だ」
「……あ、はい。ありがとう、ございます……」
　圭花は、彼女にしては珍しく、殊勝な態度で手渡された通知表を受け取ってしまう。
（……あーもー。なによ、それ。チョーシ狂うじゃない……）
　席に戻る途中、心の中で毒づきながら、圭花はくしゃくしゃと髪をかいた。
　成績を盾に、バイトや部活動に制限をかけられそうになったら、とことん受けて立つという心算であったのに、逆に励まされてしまった。
　そして、それが逆に、圭花の負けん気に火を点けた。
（……いいわ。こうなったらトコトンやってやろうじゃないの）
　かくして、桃川圭花の二学期の最後の関門は終わり、彼女は三学期に向けて、色々と決意を新たにするのだった。