冬の日。新たな始まり｜リアクション

冬の日。新たな始まり

【始業式・寝子島高校】

　寝子島高校の始業式も厳かに始まっていた。……いや、始まっていたと言うより、なかなか終わろうとしなかったと言う方が正しいだろう。
　始業式が始まって随分と時が経ったが、鴻上彰尋や志波武道が危惧した通り、寝子島高校校長である雨宮草太郎の話は今も延々と続いていたのである。

　周囲の生徒がもうだらけまくる中、仙藤紫はその背中を凜と伸ばしながら静かに列に並んでいた。
　３年生の彼女。この例によって脱線しまくりの校長先生のダラダラおしゃべりを聴くのも、あとわずか。
（そう思うと一抹の寂しさを…………感じないわね）
　……美しい顔でなかなか非情である。ＡＯ入試で木天蓼大学の心理学専攻が決まっている紫。観察対象としてはちょうどいいかもと、冷静に雨宮校長の分析を始めた。

（……おしゃべりな人は基本的に自尊心を感じにくいとされるのよね）
　人は自分に対して自尊心を感じることができない場合、社会から認められることでそれを満たそうとする傾向がある。例えばおしゃべりをする人の場合は、「おしゃべりで相手の役に立つ」「おしゃべりで相手を楽しませる」ことで自尊心を満たそうとしているのだ。
　だから……と紫は滔々と喋り続ける雨宮校長の光る禿げ頭を見つめる。
　だから、校長先生がシトラス・ガムダンの話をしたがるのは、有名な哲学者のありがたい言葉で役立つ知識を伝授するついでに、生徒を楽しませようという善意を為している―――と思うことで、自尊心を満たそうとしていると考えられる。故におしゃべりな人の「自尊心を満たそう」という行為は、自分の持っている自尊心が低いということの現れなのである。

（……以上、Ｑ．Ｅ．Ｄ．！）
　紫は心の中でピリオドをつける。それでも校長の話は続いていた。……まあ要は暇潰しの分析である。

　暇潰しに結構な分析をされてしまった雨宮校長。
　もしかしたらシトラス・ガムダンは言っているかも知れない。
　『耳に入る。それが聴くという事だ。耐えよ演説者！』と。

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　まあしかし、本当に耐えているのはやはり話を聞かされる寝子高生だろう。講堂の窓からはまだちらちらと雪が降っているのが見える。床からしんしんと這い寄る冷気に綾辻綾花は思わずその身をさすった。

（校長先生は寒くないのかしら？）
　綾花は不思議に思うが、壇上のライトに照らされた雨宮校長のおでこはキラキラと光っている。きっと寒くはないのだろう。そして相変わらず続くガムダン話。列の１番後ろに並ぶ綾花はそっと小さく欠伸をしてしまい、慌ててきょろきょろと周りを確認する。すると、すぐ後ろに並んでいた司書の早川珪とばっちり目が合ってしまった。
　珪がにっこり綾花に微笑みかける。バツが悪い綾花は顔を赤くしながら珪に小声で話しかけた。

「……さっきのは内緒でおねがいします、珪先生」
　その言葉に珪は綺麗なウインクで返した。
「僕は綾辻さんの可愛らしい欠伸なんて見ていませんよ？」
「―――先生の意地悪……！」
　真っ赤になりながらぷうと膨れる綾花に、珪はくすぐったそうに小さく笑う。校長のガムダン話が続く中、２人は小声で話し始めた。

　この講堂の寒さから始まり、雪の事、謎の哲学者シトラス・ガムダンの事……。ついつい話が弾んでしまう。珪が教えてくれたガムダンのこぼれ話に思わず綾花がクスクス笑ってしまった時、ついに他の教師から注意を込めた咳払いが飛んできた。
　しまったと、綾花と珪は俯きながらそっと顔を見合わせる。ウインクをしながらシーとおどけて指を立てる珪に、綾花はペロリと舌を出した。
　そんな綾花の頬はほんのり赤い。どうやら珪と一緒にいると、寒さもどこかに飛んでいってしまったようだ。