冬の日。新たな始まり｜リアクション

冬の日。新たな始まり

【朝・社会人】

　深倉理紗子にとって今朝は、年始め２回目の出勤だった。２回目にも拘わらず、既に目覚ましもなく起きたのは悲しい社会人の性か。
　寝床から抜け出しふとカレンダーに目をやる。真新しいカレンダー。そこには既に色々なスケジュールが書き込まれているが、１日から３日の赤数字の下には、ボールペンで『東京』という文字があった。
　そう、理紗子は年末年始に出身地である東京に帰っていた。そこで親友深林真瞭のコンサートを鑑賞したりしながら正月休みを過ごし、４日に独り暮らしのこのワンルームマンションに戻ってきていたのである。

　寝子島総合病院の勤務医である彼女。職場はこのマンションから橋を渡ったすぐの所にある。それでも寝坊もせずしっかりと支度をするのは、理紗子の神経質で真面目な性格の故だろう。着替えを終え洗面所で身支度をしようとした時、窓辺からわいわいきゃわきゃわと可愛い楽しげな声が聞こえてきた。
　その声を聞き、ああそうかと理紗子は納得した。実はマンションは寝子島小学校の目と鼻の先に建っている。昨日まではなかった子供達の声。今日は始業式だと思い当たったのである。

　理紗子は窓の外を覗いてみた。そこにはランドセルを背負って友達と競争しながら校門をくぐる小学生や、道を歩く登校途中の寝子中生や寝子高生の姿があった。
　雪混じりの空模様の中、白い息を吐いて楽しげに歩く少年少女達。
（……そういえば学校が長い休みの時って辛かったな）
　理紗子はぼんやりと彼らの姿を眺めていた。

　理紗子は学校がそれほど好きではなかったけれど、長期休暇は憂鬱だった。
　けして自分にとって居心地がいいとはいえない家。理紗子はいつも始業式の日が待ち遠しかった。部屋に吊された抜け殻のような制服。これに袖を通す時が本当に待ちきれなかった。制服が、束の間の自由を理紗子に約束してくれていたのだ。

　視界がぼやける。目に滲んだ涙を理紗子は慌てて拭った。
（冗談じゃない。もういい加減大人……なんだから）
　辛い少女時代を振り払うように、理紗子はふるふると頭を振る。
　出勤の時間が近づいている。彼女は顔を洗うために洗面台に向かった。