おおそうじ！｜リアクション

おおそうじ！

　その日、寝子島神社には関係者・ボランティアが集まっていた。
「本日はよろしくお願いいたします」
　顔見知りや、初めて会う清掃奉仕の人々に、御鏡聖もにこやかに挨拶をしていく。
　今日は、寝子島神社で大掃除が行われる日だ。
　寝子島神社も他の神社と同様、一般的な家庭でする大掃除よりも少し早めに行われる。
　神様は綺麗好き。神社では毎日の掃除を欠かしていない。だから、手間がかかり過ぎて普段はできない場所の掃除を今日は行う。
　社殿のしめ縄の取り替えなどをして、初詣に備えるのも本日の務めだ。
　宮司を中心にそれぞれの分担が決まり、本殿、社務所、境内など各所での水拭きや掃き清めが始まる。聖はお三夜様や、鳥居の前に鎮座する狛猫たちの拭き清めをおおせつかる。
「失礼します」
　狛猫のうち、口を開いた阿は一之助。閉じた吽は二右衛門。
　お三夜まつりで彼らと会話した聖は、もちろん厳粛な気持ちもあるが、それ以上の親しみをもって優しく拭き清めていく。
　――たしか、顎の下を拭かれるのが気持ちいいんですよね？
　いつもより丁寧に。そう心がけて拭き終われば、心なしか狛猫たちも艶めいて、気持ちよさそうにも見えてくる。
　――感謝申し上げる。
　――お三夜様のことも頼むぞ。
　ふと、そんな言葉をかけられた気がして、聖は背中を押される気持ちで次の場所へ向かった。

　神社の境内には、実はひっそり佇むようにしてさまざまな“隠れお猫様”の像がある。
　お三夜まつりで掃除された彼らも、今日また清められるのを待っている。
　彼らを再び見つけ出して丹念に拭いてやり、境内に生えていた雑草を丁寧に抜いていく。住みついている猫たちも気を利かせてくれたのか、掃除の手が入ると移動してくれた。
　高い屋根の上の落ち葉を落とすなど、危険な場所の担当は男たちに割り振られている。赤茶けた葉の雨が猫たちには物珍しかったのか、伸び上がってじゃれついたりしていた。
　そんな、ゆったりとした時間の中で掃除は進められた。落ち葉は回収され、聖も手水場（ちょうずば）で柄杓やその置き場所を念入りに綺麗にしていく。
　神社が徐々に綺麗になっていく。それが嬉しくて聖は夢中になっていたので、友人の巫女に声をかけられた時には目を丸くした。
「え、もうこんな時間ですか？」
　まだ数時間は先にあると思っていた休憩の時刻である。清掃奉仕の人々にもお茶や菓子が振る舞われ、その準備は聖たち巫女が行う。
「今年は天気もいいですし、奉仕にも多くの方が来ていただいて、ありがたいことです」
「いえいえ。しかし、本当に良い日和ですね」
　宮司たちとそんな話をしている老爺に菓子と茶を出す。その老人は聖に視線を向けた。
「ありがとう。たしか、今年入った巫女さんだったね？」
「はい。御鏡聖と申します」
「時々見かけるよ。いつも一生懸命やっていて……ありがとうな。ここ、わたしらにも大事な場所だから。頑張ってくれてるのを見ると元気が出るよ」
「あ、ありがとうございます！」
　にこやかに褒められて、嬉しくないはずがなかった。聖はお茶菓子を取りに戻ったが、顔が熱いままで、少し外に出て冷まそうとする。
　そこで小さな丸い瞳と目が合った。
「あ、狐さん」
　九夜山を背にする神社には、時々狐が下りてくる。
　今日は、甘い匂いにつられてきたのだろうか？
「ちょっと待っててね」
　微笑むと、聖は狐の分のお菓子をとってくる。膝に乗せて一緒に食べた。
「今年は落神様、もれいびさん達から始まり、お三夜さまや狛犬さん達とお話をしたりと色々とありました」
　あなたも遊びに来てくれるようになりましたね、と狐に笑いかける。
　来た時は不安もあったが、見てくれてる人もいる。充実した年だったと今なら思える。
「来年はどんな事があるんでしょう？　よろしくお願いしますね」
　来る年への期待は、青い空へと消えた。

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