女の子が恋に悩む。それは古今東西乙女の専売特許なのは周知の事実。
　自覚した恋、まだ気付く事すら出来ない恋、その程度は様々。けれど、クリスマスという不思議な魔法にその心をざわつかせ、背中をそっと押し出されようとしてる乙女が２人、寝子島を歩いていた。


　綾辻 綾花はキャットロードから旧市街へと向かっていた。
　彼女は司書の早川 珪先生にクリスマスプレゼントを渡せたらいいなと思っていた。だが、彼と話をする機会は結構あっても実は好きな物とかはあまり知らず、悩んでいたのだ。
　だからってここで引き下がっては乙女がすたる。頑張って珪先生へのプレゼントを探そうと、彼女は意気込んで寝子島内のお店を巡っていたのだった。

　旧市街もクリスマスらしい雰囲気でいっぱいだ。そんな街を見てるだけでも気持ちがうきうきしてくる。綾花は弾む足取りで参道商店街にある、神野文房具店の扉を開けた。
　珪先生へのプレゼントとして、綾花は万年筆で使うインクを候補に考えていた。先生があの長い指で素敵に万年筆を扱う姿がとても印象に残っていたのだ。
　実用的だからきっと使ってもらえるのではと、綾花は店内奥の万年筆を扱っているコーナーに行ってみる。そこには様々なインクが並んでいた。店主に訊いてみると万年筆のブランドと同じ物が望ましいとの事。ええっと先生のはどれでしたっけ……と思い返しながら、数点をチェックした。
　目星をつけてから綾花は店内を見て回る事にした。店主からは万年筆と相性がいいノートも教えてもらったので、手に取ってみる。一般的な紙だと引っ掛かりやすいって言ってたから、ノートとセットというのはどうでしょうか……？
　他にもと目を向けると、栞やブックカバーなど、本に関連するコーナーもあった。先生は司書をされているから、こういう物もいいかもです。綾花は珪を思い浮かべながら彼が気に入りそうな物を探してみる。

　綾花は一旦神野文房具店を出て、雑貨屋にも入ってみた。ここは文房具だけではないのでぐっと華やかな店内だ。
（あ、ここにも栞があります……と言うか猫グッズがいっぱいです……！）
　猫好きの綾花の目がキラキラと輝いたが、はっと彼女はぶんぶんと首を振った。いけないいけない、今日は先生へのプレゼント選びなんだから！
　可愛い物センサーをしっかりと珪先生プレゼントセンサーに切り替え、綾花は店内を見て回る。そしてふとその目を留めた。
（可愛いです……！）
　それは本を読んでいる猫が描かれたマグカップだった。優雅に本を読む猫が、何だか珪先生に見える。どうやらこの猫はシリーズらしく、カップの傍には栞なども置いてあった。
（日常で使えるからカップもいいですね。候補に入れておきましょう）
　お揃いの栞とセットでもいいかも。本に栞を挟んでこの猫のマグカップでお茶を飲む珪先生の姿を想像して、ふふと綾花は微笑んだ。


　中学生の月守 輝夜はちょっとドキドキしながら旧市街を歩いていた。
（慎之介くんへクリスマスプレゼントを渡したいな）
　同学年の青木 慎之介。あの爽やかな笑顔を思い出し、輝夜は一層ドキドキしてしまう。仲のいいお友達なのに。なんでかな。
　輝夜はぷるぷると顔を振った。ううん、それよりまず、慎之介くんに渡すプレゼントの事。輝夜はほんの少し頬を染めながら、クリスマス前の賑やかな街を歩く。

　何がいいいかな？　やっぱりいつも使ってくれる物が良いよね。でも慎之介くんはお友達多いから、誰かと被っちゃったりしないかな……？
　輝夜は先月の慎之介の誕生日の事を思い出した。あの時はお母さんと作ったケーキと手作りのお守りを渡したから、違う物がいいよね。
　ふと輝夜はその時の慎之介の笑顔を思い出し、またドキドキしてしまう。そして慎之介に喜んで欲しいという気持ちがたくさん湧いてきた。
　うん、と大きく１人頷くと、輝夜は色々なお店を見て回る事にした。

　雑貨店。スポーツ用品店。輝夜は色々足を運ぶ。そして段々彼女の頭の中でプレゼントしたい物が固まってきた。
（慎之介くんは部活頑張ってるから……タオルとかどうかな？）
　クリスマス雑貨も気にはなったが、使ってくれる物と考えたらタオルの方がいい気がする。輝夜はちょっと気になってたお店にまた戻る事にした。
　そこは大きめの雑貨屋だった。ファブリックも充実している。輝夜はそのコーナーに足を向けた。

　そこにはたくさんの種類のタオルが並べられていた。
（この猫のシルエット柄のタオル、可愛い！　あ、ニャイキのタオルもあるんだ）
　迷いながらも輝夜は手に取ってみる。
　猫柄のタオルはとても愛らしく、ニャイキの物は手触りも良くデザインもカッコいい。うーんと輝夜は考えた末、予算内だからと２枚とも購入する事にした。
（タオルならきっと使ってもらえるよね。ラッピングをしてもらって……）
　店内のカゴにタオルを入れた輝夜はふと気が付いた。クリスマスカード。カードをこれに添えたらどうだろうか。
　輝夜はカード売り場も見てみる事にした。


（何を書くかまだ決めてはないけど……。応援メッセージとかいいかも）
　カード売り場で、つらつらと輝夜は考えていた。それにしても、たくさんの種類のカードだ。シーズンだから売り場も拡張しているのだろう。ツリーやリース、雪だるまなどバリエーションに富んだカードの数々。どれもこれも可愛くて輝夜は悩んでしまう。
（あ、これ可愛い）
　陳列棚の一角に、プレゼントを持っている猫のカードがあった。どうやらその一帯はクリスマスバージョンの猫が描かれたカードを並べてるらしい。良く見てみようと手を伸ばした時、同時に伸ばされた手があった。
「あ、ごめんなさい！」
　思わず手を引っ込めて輝夜は謝ってしまう。すると高校生くらいであろう女の人が優しく微笑んでくれた。
「ううん。私こそごめんなさいね」
　綾花だった。悩んだ末、先生に贈るプレゼントを決めて購入した綾花は、クリスマスカードも見てみようとこの売り場に来てみたのだ。
「誰かにカードをあげるの？」
　綾花は年下であろう輝夜に優しく話しかける。輝夜は「あ、はい！」と頷いた。
「プレゼントに添えようと思うんですけど、たくさんあって迷ってしまって……」
「ほんといっぱいあるよね。私も迷ってるの」
　２人は思わずふふっと笑い合った。輝夜がふと訊いてみる。
「お姉さんは誰にあげるんですか？」
「私？」
　綾花は１回瞬きすると、「まだカードも付けるかは決めてないけど……」と呟いてから、輝夜の耳元で小さな声で言った。
「……大事な人にあげるの」
　輝夜は少し驚いて綾花の顔を見る。綾花はまたにっこりと笑った。その笑顔に輝夜は思わずこう言っていた。
「あ、あの、私仲良しの男の子にあげるんですけど、どれがいいか迷ってて……！」
　あらと綾花の目が大きくなる。そして輝夜に優しく微笑んだ。
「じゃあ一緒に探しましょうか。私のも一緒に見て欲しいな」
「―――はい！」
　そして２人は仲良くカードを探し始めた。


　お店を出て２人は手を振って別れた。
　綾花は、猫鳴館へ帰る。綺麗にラッピングされた珪先生へのクリスマスプレゼントを持って。
　輝夜は、自宅に帰る。こちらもクリスマス用にラッピングされた慎之介へのタオルを持って。
　そして２人、それぞれ選んだクリスマスカードを忍ばして。
　カードを添えようか、何を書こうか、どうやってプレゼントを渡そうか。恋する乙女の悩みは尽きない。
　プレゼントを大切に抱えて綾花は願う。
（クリスマスに好きな人に会えますように）
　しっかりとプレゼントを抱いて輝夜は空を仰ぐ。
（当日が待ち遠しいな）

　乙女達の願い、素敵な奇跡になって聖夜に降り注ぎますように―――。