【クリスマス】星ヶ丘のホーリー☆ナイト｜リアクション

【クリスマス】星ヶ丘のホーリー☆ナイト

　何かの予感があった。
　いつもの彼女なら、理事長に乗船チケットを手渡されたとしても拒絶していただろう。
　それなのに朝鳥さゆるは受け取って、今夜、シンプルなフォーマルドレスを着て船上にいる。
　予感があったからだ。胸がざわめく感覚、不安と不穏……それは不快なものであると同時に、どこか甘美なものでもあった。哀しみや怒りに限らず、心の痛みというのは、えてしてそういう二面性を持つものだ。
　予感の意味するところまでは、さゆるは理解できていない。
　シャンデリアに照らされるさゆるは一輪の花、けれども石造りの花だ。ドレスがシンプルなだけに、大理石を思わせる肌の白さ、硬質な美貌はさらに高まっている。
　それは嵐の海原に見え隠れする孤島のように、魅力的なれども手を伸ばしがたいものがあった。
　大抵の男であれば、そんなさゆるには近寄ろうともすまい。誰だって傷つくのは恐いものだ。
　ところが無謀にも、さゆるに声をかける酔客があった。どこぞの御曹司か、服装も容貌もいいが下品なタイプである。
　さゆるは最初、相手を無視した。
　ところが無視されて腹を立てたか、男はさらにつきまとってきた。
　逃れた彼女が飛び込んだドア、そこには、『アンダーグラウンド・バー』というプレートが埋め込まれている。
　さゆるを追った男が、扉までたどり着くことはなかった。

　たんたんとリズミカルに階段を降りた骨削瓢は、まっすぐにバーのカウンターに陣取る。
　スツールを引いて片手を挙げると、何も言っていないのにバーテンダーは彼の目の前に冷えたドリンクを置いた。その隣には、オリーブと楊枝が入った小皿。
　バーテンダーはフクロウのマスクを被った無口な男だ。
「さんきゅ」
　瓢は人差し指と中指を揃えて、ちょっと敬礼風に額に当てた。
　けれどバーテンダーは何も言わない。くるっと背を向けてしまう。また瓢のドリンクが尽きる頃、黙ってお代わりを差し出すのだろう。その無駄がないところを、瓢は結構気に入っていたりする。
　

　蛇の道は蛇という。
　どこをどうしてたどり着いたのか、今となってはもう思いだすのも難しいが、瓢はここの常連だ。アンダーグラウンド・バー、ここは夢とうつつ、怪異と日常の混じり合う場所、片方の目でここを見て、もう片方の目でここではない場所を見ているような瓢には、妙に落ち着く場所だった。
　こう見えて身持ちの堅いところがあるので、瓢はいつもノンアルコールカクテルだった。酔うという行為は己の脳を騙すこと、そんな程度なら、酒の力を借りずとも瓢には容易である。
　二杯目のドリンクを指で押しやって、
「ごちそうさん」
　瓢はするりとカウンターから降りた。金銭やコイン、チップの類いは払わない。彼にはその必要がないのだ。
　なぜなら瓢は、この店のVIPなのだから。
「さあてどうするかねぇ」
　コキコキと首を鳴らして遊技場を見る。たまには、カジノ遊びもいいだろう。とりわけ理由もないまま、瓢はポーカーのテーブルに着いた。胴元らしき猪首の男に、
「よろしくぅ」
　にっと歯を見せて彼は言ったのである。
　テーブルの向こうの男は、水を詰めた避妊具みたいな巨漢だ。なぜか額には鉄製のプレートをはめこんでおり、ウインナーみたいな指で葉巻をつまんでいた。しかも愛嬌のかけらもないぎょろ目で、競走馬の品評会にでも来たように瓢をじろじろと見た。
　けれども瓢はまるで動じない。笑顔で会釈する。
「今宵は火傷にお覚悟を。狙うは胴元の破産だよぃ」