●借りサンタ競争（５）●


【寝子ヶ浜海浜公園】

「あなたは……リッカルド町長！」
　別にそんなに引っ張るほどのことでもなかった。栖来 衣夢さんご協力のヒキで現れたのは、中沢 リッカルド町長だ。町長が眼鏡のブリッジを指で押し上げ、キランとそのレンズを光らせる勿体ぶった演出で言う。
「その男にだまされてはいけませんぞ！
　グラハム数とは数学で意味のある有限の数で最も大きい数、
　そしてプランク時間は物理学で最小の時間、
　つまりその借用書の賃貸料は、すごくすごくすごい暴利です。
　そしてその嘘発見器は、ただのおもちゃです」
「ゲェッ！？　なぜそれを……ですよ！」
　北 玄も負けじと、目が白目になる漫画的表現で受けたショックを演出する。ノリいいな。
「そしてローマ神話のディー・コンセンテス、
　つまり１２人の最高神のうちの１人は、
　メリークリスマスではなく、メルクリウスです」
「Σ 町長の人、まだ僕がボケてないことにまで突っ込み始めたですよ！？」
「そしてメルクリウスの英語名は水星を意味するマーキュリーで、
　アメリカ合衆国の宇宙船の名称です」
「ヒドイですよ！？　これからボケてボケて、
　とにかくボケまくるつもりだった、僕の予定が台無しですよ！
　ボケ殺しのフライング突っ込みですよ！　ひどい仕打ちですよ！」
「ククク……（眼鏡上げ）君の行動の手の内など、私には全てお見通しです。
　何しろさっきからずっと、私は君の後を尾け回してきたのですからねェ……」
　またとっても悪い顔になって、クククとほくそ笑む、そのリッカルド町長の台詞に、衣夢がハッと気が付く。
「この人の後を尾けて？　まさか……」
　そう、得意のボケを封じられ目の前で地団駄を踏んでいる、この童顔男の格好こそまさに。町長が捜している例のペアサンタカードの条件に、ぴったり合致するではないか！
「ククク……ついに見つけましたよ。

『サンタ帽子にトナカイの角、ゴーグル着用のピエロ鼻、手には羽子板と雪だるま、
　お正月用の羽織に、巫女装束の緋袴を穿き、下には「童帝」と書かれた褌を締め、
　顔と全身に落書きをされた……サンタ』

　を！！　さあ、大人しくこのトナカイ町長に借りられ……
　いや狩られるのですヒャッハーーーーーーーーー！！」
「ギャーーーーーーーーーーーーですよ！？」
　描写してなかったので皆さん忘れてると思うけど、胸毛たっぷりの胸に「となかい」って書いただけの半裸姿で、キシャーーッ！と北に襲い掛かる町長！
「ああ……もしものことって、こういう……」
　と衣夢が納得する。まあ、だいたい予想通りだったけど。そしてぽかんと野々 ののこと２人で見守っている間に、北玄はあらぶる町長に追われて退場していった。こんな状況になってもまだボケ足りないと、最後に悲鳴のように、ののこへの助言を言い残して。
「サンタさん、最近、トナカイの労働組合と労使交渉で大変ですよ！
　トナカイ件費削減のために中古ロケットでプレゼントを配ってるですよ！
　だから空に流れ星が見えたら、それがサンタさんですよ！」
「ヒドラジンはロケット燃料で毒物ですけれどね！」
「Σ またボケる前に突っ込まれたですよ！　もうイヤですよこの人！」



【寝子ヶ浜海岸】

「クリスマスのバカヤロー！！」
　そして、その海浜公園から少し離れた、ここ寝子ヶ浜海岸では。１人無人の海に向かって叫んでいる、孤独な魂を持つ男がいた。その男の名は……



「シングルベール♪　シングルベール♪　ぼっちマスー♪」


　マタ大の文学部に通う大学２年生、三谷 賢二だ。
「なんだよーみんな予定ありかよーくそうリア充フレンズめ！」
　と砂浜でぶつぶつこぼしている所を見ると、お友達と残念ながら、予定が合わなかったみたい。
「かくいう俺もバイトで忙しかったから、
　もうどうでもいいとこもあるけどね！」
　やけっぱちで、バイトで使ったサンタ服をそのまま着て、仕事帰りに１人この海岸に立ち寄ったという訳だ。
「あーでもとりあえず、叫ぶとすっきりするな！
　予想通りクリスマスの海なんて誰もいないし……
　なんかテンション上がってきたから、１人芝居の練習でもしてみるか！
　演目はえーとそうだな、光る鼻のトナカイ！」
　と三谷は有名なトナカイのお話を、誰もいない海に向かって、コミカルに演じ始める。彼は大学では演劇サークルに所属しており、目立つこと、注目を浴びることがとにかく大好きなのだ。
「ワハハハ！　こりゃ楽しい気持ちにな……らないな（がっくり）。
　おかしい……何故だ……」
　ずーーんと砂浜に膝をつく三谷。それも当然といえば当然で、どんなに面白いパフォーマンスをしても、ここには拍手してくれる人がいないから、うん。


　けれども、その時だ。ぺちぺちぺちぺちと、砂浜の向こうから可愛らしい拍手が鳴り響き、
「カエデ！　カエデ！　みーつーけーた、ヨー！」
　テテテッと１人の女の子が、こちらに走ってくるではないか。ブロンドのポニーテールが元気よくその背中で跳ね、そして三谷を指差してぴょんぴょん何ごとかを叫んでいる。
「えっ、えっ？　なにあの子……」
　その小学生の女の子は、たちまち砂浜を横断してくると、呆気に取られている三谷の前でずざあっ！と急ブレーキで止まって、こう言った。
「Solo walk Santa Claus？　『一人身サンタ』デス、ネー！」
「ヒトリミ……えっ？　ええっ、何の話？」
「こーれから、ごーよーてーい？ない、ナラ
　トワといっしょーに来るいいデス！」
　ぴらと１枚のカードを見せ、身振り手振りを交えて何ごとかを訴える女の子──つまりトワ・E・ライトフェロゥ。しかし言っているカタコトがさっぱり分からず、困惑する三谷に、ようやくそのお嬢様に追い付いたお付きの人、夜海霧 楓がトワの話を翻訳してくれる。
「ぜえ、つまりかくかくしかじか……という訳だ」
「えっ、かくかくしかじかって何？」
「楽をさせろよ、そこは！　あの後また、ラジオの公録会場から
　このちびすけを連れ戻すのに、俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ！」
「お、おう……なんかスマン……」
　苦労してるっぽいその青年の肩に、ぽんと手を置き、三谷がちょっと前からやり直してやる。テイク２！
「ええっ！　つまりこのお嬢ちゃんは借りサンタ競争とやらの参加者で、
　この俺がその、連れてくるサンタの条件にぴったりだったって訳だな！
　成る程！　そしてその条件が、ぼっちの……『一人身サンタ』……」
　るーるるーるー。自分で言いながら落ち込んじゃって、がっくり四つん這いになる三谷とは対照的に、念願のサンタをついに見付けたトワの方は、その周りで小躍りして跳びはねる。
「Fantastic ヒトリーミ！　Marvelous ヒトリーミ！」
「あの……ゴメン……あんまり傷口に塩を塗るようなこと、
　連呼しないでもらえるかなハハ（涙目）……って、のわっ！？」
　有無を言わせず夜海霧に抱き起こされ、その手を左右から２人に、がっちりホールドされる三谷。
「えっ？　えっ？　ちょっ？」
「悪いがあまり時間がない。さんざん寄り道しまくったからな……
　とにかくここは俺達と一緒に、来てもらおう」
「Pairの人、トワと goal まで行くマス！」
「ちょっ、えええええ、待って待ってー！」
　こうしてぼっち認定された三谷も、トワたちに引っ張られ、スタジアムへと連行されていくのである。