冬の色に贈る｜リアクション

冬の色に贈る

桜月はしばらくの間、黒板に書かれた“詩”と言う文字を見つめていた。
黒いタイツに包まれた足を組み直し、ふむ、とペンを口元に当てる。

「私が感じた、冬」

普段、詩のような文字ではなく、服のデザインと言う形で自分を表現している月。
全く異なった表現方法に頭を悩ませていた。

「冬かあ……」

さらさらとノートに落とされた線は、やがて洋服のデザイン画に形作られていく。
ペンが生み出す黒い線を目で追いながら、月はあっ、と声をもらした。

「そうか、デザインを描く時に表現したいことを、言葉に直していけばいいのか」

出来上がったデザイン画は、黒地のマーメイドドレス。裾の部分にレースのようなカッティングを入れることで華やかさを出している。
月はページをめくると、自身の思う冬を文字に落とし始めた。

*

真っ白なノートを前にして、碧川雪月はペンをくるりと回した。
大きなテーマは決まっている。ただ、それだけではきっと面白くない。

「懐かしいな……」

そっと閉じた瞼の裏には、かつて暮らしていた土地の冬の景色が浮かんでいた。
夜の間、静かに降り積もった雪が朝日を浴びて光る様子が。
どこまでも続いていく、純白の世界が。
そしてその陰に落ちる、どこまでも深い影が。

「名前に、入っているから……っていうわけじゃない、けど。やっぱり、私の中の冬……雪、なんだよね」

ただ雪をテーマにするのではない。雪月だからこそ表現できる景色があるはずなのだ。

*

一方、授業テーマの発表からしばらく、机に突っ伏したまま動かない人物がいた。
フィーナ・シレンツィオは顔をあげて黒板に書かれた“詩”という文字に変化がないことを確認し、ため息をつく。
イギリスからの留学生という事もあり、より日本語の理解を深めるためにこの授業を選択したのだが。

「書く方はあまり慣れていないんだよなぁ」

読書が趣味という事もあり、文章を読むのは好きなフィーナ。
詩集も、何冊かは手に取ったことがある。しかし、自分で文章を作る、しかも一般的な説明文とは異なる文章という事もあり、難しさを感じていた。

「とにかく、どんな色にするかだけでも選ばねぇとな」

ノートにフィーナの感じた冬を書きだしていく。
故郷イギリスではない、日本、寝子島だからこそ感じ得た冬。
澄んだ空気を照らす、いつもよりも明るい青白い月夜。九夜山と旧市街の薄蒼の影。すべてを飲み込みそうな夜の海の黒。
駅前の灯りは遅い時間まで温かく灯り、ほっとする景色を見せてくれる。

「なんだろうな。冬の色っていうより、この街の色って感じだな、これ」

書きだしたイメージを見直してフィーナはくつくつと笑った。

「なんだかんだ、ここはいい場所だって思えてきてるって証拠かね」

そう呟いて窓の外を見ると、薄灰の雲が寝子島の街を覆っている様子が見て取れた。
ほんのり薄暗い中に、家々の灯りがぽつりぽつりと輝いている。

「っと、黄昏てる場合じゃねぇ。やるか」

*

夢宮瑠奈は蓮たちの話し合いに耳を傾けながら、穏やかな表情でペンを走らせていた。
いつの日だっただろう、ずっとずっと昔のことかもしれない。
目が覚めると、あたり一面が雪化粧を纏っていたことがあった。
他の人たちはまだ夢の中にいる、そんな時間に、瑠奈はひとりその景色の中にいた。
もしかしたら、子供心に見た夢だったのかもしれない。しかし、美しい景色に心を動かされたことは、代わりようのない事実だった。

「だからあたしは、冷たいだけのイメージで伝えたくないの」

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