オーブラジャー！　久保田美和、人生最大のピンチ｜リアクション

オーブラジャー！　久保田美和、人生最大のピンチ

「……これは……神が我に与えたもの」
　道端に落ちていたブラジャーを懐に入れたその瞬間、世界は一変した。
　人生に帰路は数あれど、道端のブラが運命の分かれ道になるとは世界はわからないものである。
　しかし天動商店の店主、天動記士郎は「これも天命……」と感慨深く事態を受け止めた。
　そう、これは『いつも』の『何か』が始まる感覚……。
「どうやらケンカ別れしたカップルを結びつけることが課せられた使命のようですね」
　久保田先生なる女性とは縁も所縁もないが、人ひとりが消えてしまうのは由々しき事態。
　なんとか力になれないものか、と彼は拾ったブラに目を落とす。
「和代さんの誤解を解ければあるいは……」
　記士郎はタイムスリップの瞬間、見えた映像を頼りに神社のほうへ足を向けた。
　根拠はないが、不思議とあの映像は確かなものだと信じられる。
　しばらく歩くと、和代の姿が見えてきた。

「失礼ですが〜」
　和代ににこやかに声を掛ける。
「はい？　なんでしょうか？」
「それが、道に迷ってしまって。旧市街地の商店街はどちらでしょうか？」
「それなら、この先ですけど……わたしもそちらのほうに行くので、ご案内しますよ」
「そうですか、ありがとうございます。親切な方に出会えて助かりました」
　無難な口実から、しばし時間を共にできる権利を得た記士郎。
　ふたりは商店街に向かって、歩き出した。
「あの、もしかして、本土の方ですか？」
「ええ。ただ、子供の頃はこちらにいましてね、久しぶりに帰ってきたのですよ」
「そうだったんですね。昔に比べたら、この辺りも随分変わって驚いてるでしょう？」
「ええ、本当に。まさか、この歳で迷子になってしまうとはお恥ずかしい限りです」
　ただ、と記士郎は続ける。
「そのお陰で、あなたのようなお綺麗な方と出逢えたのですから、感謝したいぐらいですよ」
「え、き、綺麗だなんて、そんな……」
「ふふ、ここは良い町ですよね」
　話しながら、さりげなくブラを取り出して、汗を拭う。
「……？　ええっ！？　な、何をしてるんですか！？」
「ああ、これのことですか？　はは、驚かせてしまったようですね」
「ええ、それはもう……！」
「これは本土で流行っている『ブラハンケチ』です。一種のジョークアイテムですよ」
「そ、そうなんですか？」
「おや、見たことがありませんでしたか？」
「見たこと……？　あ、そう言えば……、それじゃ、もしかしてアレも……？」
「……………………」
　ハッとした様子の彼女に、記士郎は目を細める。
「私は雑貨を営んでいるのですが、こういうジョークアイテムの類いも扱ってましてね」
　商売で培った話術で『ブラハンケチ』が実在することを話す記士郎。
　そして、本土ではこれが自然と受け入れられてることも、忘れず付け加えておく。
（これで一美さんの一件への怒りがおさまると良いのですが……）
　とは言え、無茶な商品なので、和代も半信半疑といった様子で聞いていた。
（ううむ、流石にブラハンケチは無理がありましたかね……？）

　商店街の入り口に辿り着き、お礼を言う記士郎。
　自分にできるのはここまで……と思ったそのとき、和代のポケベルが鳴った。
　彼女はポケベルを見て、なんだか複雑な表情を見せた。
「……もしかして、大切な方からのメッセージでしたか？」
「えっ？　あ、そ、それはその……」
「失礼。そのように見えたものですから……ただ、彼の話を聞いてあげてください」
「？　どうしてそんなことを……？」
　それには答えず、微笑むと彼は商店街の雑踏の中に消えていった。
　これ以上、彼女と話をしていると余計なことまで話してしまいそうになる。
　けれど、それによってまた別の変化が生じてしまうことは避けたい。
（少しでも、和代さんが彼と話をする気持ちになってくれたことを願いましょう……）