オーブラジャー！　久保田美和、人生最大のピンチ｜リアクション

オーブラジャー！　久保田美和、人生最大のピンチ

「……ここはどこじゃ？」
　バイト先のメイド喫茶「bonheur」にいたはずの、大田原いいな。
　ふと、気がつけば、いつもと様子の違う駅前に立っていた。
「ぶらじゃーの位置がおかしかったので、客から見えぬように調節したのが、まずかったか……？」
　しかし、あの駅の姿は見たことがある。
「叔母上に見せてもらった昔の寝子島の駅舎写真とそっくりに見えるのじゃが……」
　ただ、異変に関わりのありそうな出来事はわかっている。
　そう、先ほど痴話喧嘩していた一美と和代のことだ。
　とりあえず、怒ってその場を後にする和代に、彼女はついていくことにした。
（とにかく、話を聞いてみることが先決かのぅ。そこから解決の糸口が見えれば良いが）
　歩調を早め、いいなは和代に話しかける。
「もし、そこの……」
「え？　わたしのこと？」
　声を掛けられた和代は戸惑いながら振り返った。
「何があったのかは知らんが、随分と腹を立てているようじゃな？」
「ええっ？　そ、そんなに怒ってるように見える……？」
「ああ、今にも火を噴きそうな火山のようじゃ。儂で良ければ、愚痴ぐらい聞いてやるぞ」
　ふたりは駄菓子屋の前にあるベンチに腰を下ろした。
　和代はよほど胸の内に溢れる思いを聞いてほしかったのだろう。
　初対面のいいなにも、遠慮することなく、とくとくと先ほどのケンカのことを話してくれた。
「……なるほど。連絡しても返事がないというのは、怒るのも無理はないな」
「そうでしょう？　遅れるなら遅れるで、ポケベルに連絡してくれればいいのに！」
「ぽけべる……？」
（今のすまほのような物じゃろうか……？）
「しかも、こっちが怒ってるときに、いきなりブラジャーなんか出してきたのよ！」
「ふむ、その状況でぶらじゃーとは場違い甚だしいのぅ」
「他に女がいるとでも言いたかったのかしら！　本当に許せないわ……！　この前もね……」
　適度に相づちを打ちながら、和代の話に耳を傾ける。
　時々、話に出る『黄色魔法猫楽団』や『にゃにゃん子倶楽部』などの時事の話題はさっぱりだったが。
　しかし、話を聞いていると、どうも怒ってはいるが、嫌っているわけではなさそうである。
「……のぅ、知っておるか、怒りとは執着の証じゃと」
「え……？」
「それだけ、その男に心を割いておる証拠じゃ。そやつのこと、嫌ってはおらんのじゃろう？」
「……嫌ってはないわ。あの人、なんだか憎めないのよ。いつだって悪気はないし」
「なら、和代殿が性根を叩き直してやるのも良いのではないか？」
「わ、わたしが、一美くんの性根を……？」
「光源氏の女版というわけじゃな、和代殿に従う男に育ててやれば良かろう」
「それは……、……………」

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「……ありがとう。話を聞いてくれて。少しすっきりした気がする」
「構わん。人間誰しも、話を聞いてほしい気分のときもあるじゃろうて」
　まだ一美のことを許せるかどうか、答えは出せない様子の和代。
　けれども、いいなの言葉で、少しだけ前向きに考えられるようになったようだ。
　お礼を言って、去っていく和代の姿を見送りながら……
　いいなはふと思う。
「しかし何じゃな。儂も言うこと言うようになったかのぅ？」
　寝子島に来る前の自分を思えば、大きく変わったと自分でも思う。
「ばいとのせいか、それとも……『儂であることにかわりはない』と言うた、奴のおかげかの？」