＜月華＞トワイライト・スターダスト　～甘い星は島を蝕む～｜リアクション

＜月華＞トワイライト・スターダスト　～甘い星は島を蝕む～

　その頃、新田亮はスポーツジムにいた。筋トレの後、シャワーを浴びてさっぱりした彼が「ふーっ、すっきりした……」と脱衣所から出ると、なんだか周囲が騒がしかった。
　施設の利用者達は、皆窓の外を見ており、不安げになにか話している。亮も気になって窓に近づくと、空から何から降り注ぎ、地面が色とりどりの何かで覆われている事に気付いた。
「なんだ、これ。どうなって……」
　不思議に思い外に出る。と、ふんわりと仄かに甘い香りがする。一つ拾い上げてみれば、ドロップである。ますます訳がわからなくなった亮は携帯を開き、ネットから情報を探ってみる。と……気になる書き込みを見つけた。
　それは恵御納夏朝や椿美咲紀がねこったーにアップした写真と書き込みだった。虚空に浮かぶ、愛らしい服装の少女。虎を思わせる耳と尻尾をもった少女の手には、小瓶が握られている。
（カメラ越しでないと見えないのか。彼らの、この情報が本物だとしても、俺には空を飛ぶ手段が……え？）
　情報を読み進めた彼は、その書き込みに困惑する。だが、アップされた情報だけではなく、今、彼の眼には空に浮かぶ者の姿が写っていた。
（ならば、話が早い。この手段、使わせてもらうぞ！）
　亮は急いで自宅に戻ると双眼鏡や野球の硬球、ビデオカメラを準備する。そして、防刃ベストを着込むと玄関を出た。
「それじゃ、行くか」
　ドロップを口に入れて、地面を蹴る。身体は夕闇の空へと浮かび上がり、亮は冷たい空気を胸いっぱい吸い込んだ。妙に清々しい気持ちになったものの、彼の表情に影が浮かぶ。いつの間にか、自分を嘲う幼い声が聞こえ、耳をふさぎたくなった。
　亮は幼少の頃、体格の事でいじめにあっていた。故に、ひ弱な自分に対しコンプレックスがあり、克服するためにボクシングと柔道を習い心身を鍛えていた。
（負けてたまるか）
　亮は歯を食いしばる。幼い頃に飲んだ苦汁を思い出しながらも、ただ、虚空を行く。脳裏を揺さ振られようと、亮の眼差しは、少女が居るであろう場所を見据えていた。

　――やりたいことを、やりたいようにやる。
　　　それを成す力があるならば、それはそいつにとって『出来る事』で他の誰かの事情や抵抗など関係ない。
　　　　力で押し通すだけだ。だが……――

　スマホのカメラに備わった望遠機能を使い、空を見ていた御剣刀はいつに無く真剣な顔をしていた。レンズの向こう、中華風のデザインとロリータファッションが組み合わさったワンピースを纏った虎耳の少女が、小瓶をもって浮かんでいる。
　そういえば、あぁいう衣装は『華ロリ』とか言ったか、と友達との会話を思い出しつつも刀は僅かに唇を引き締める。

　――それを『する』なら、自分の力が及ばなくなった時点で『される側』になるのも当然だろう？――

（さて、行くか）
　刀は降って来たドロップを手で掴み、口へ放り込んで噛み砕いた。蜂蜜のような味がした瞬間、脳裏に２人の少女が浮かぶ。
　彼は、自分の責任で事に関わっている。故に狙われて当然で、やられるのも自業自得だと考えている。だが、何も関係のない人を巻き込んだ事が、刀には許せなかった。そう、仕掛けてきた影の貴人、帳を殴って地に落とそうとするぐらいに。