＜月華＞トワイライト・スターダスト　～甘い星は島を蝕む～｜リアクション

＜月華＞トワイライト・スターダスト　～甘い星は島を蝕む～

　シーサイドタウンでのショッピングを楽しんでいた仙藤紫は、思わず足を止めた。空から降るのは色とりどりのドロップ。いつの間にか地表を覆っていたそれと、テオの声に紫は思わずため息をついた。
（一体なぜ？　ともかく、元凶は空に居るみたいだけど……）
　紫はとりあえずキャッチしたドロップを口に入れる。ころり、ころりと口内で転がしていくうちに、ふわり、と夏の香りを憶えた。ぽん、と虚空へと浮かび、夕日が彼女の影を長く伸ばしていく。
（２年生の夏休み、その終りに始まったのよね、あの恋は）
　紫は、ふと周囲を見渡す。そして、空を仰いだ。あの夏空の下で『彼』と淡い色調の恋が始まった。それは淡く、短いものだったかもしれない。脳裏に浮かんだ景色に、彼女は自然と息を飲む。
（付き合いだして３ヶ月目が丁度１７歳の誕生日。その時、キスしてくれたのよね。それから……）
　寝子島のあちこちに散らばった淡い恋の記憶が、紫の心には残っている。それは、ふわりと浮かんでは消えて、その度に彼女の胸を締め付けていった。
　いつのまにか、紫の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれていく。自然と胸を押さえ、壁にもたれかかった。傷が疼くような、心が捩れるような痛みが紫を苛む。
（過去にした筈なのに、どうしてこんなに苦しいの？）
　終りも、夏の終りの日曜日だった。最後のデートの別れ際、蝉時雨の中に交わした最後のキスは、何故だろう、爽やかなシトラスの香りがした。

（そう、これは全部、私の大切な記憶。今の『私』を形作る、大切な物）

　紫は、脳裏がすぅ、と澄み切る感覚を憶えた。だが、胸の奥はじりじりと熱くなる。
（大切な記憶を弄ぶような悪い子は、何処に居るのかしらね）
　静かな怒りによって冷静になった彼女は、スマホを取り出してカメラ越しに周囲を見渡す。と、幼さの残る少女がくすくす笑っている姿が見えた。
「その身をもって、貴方のやった事の罪深さを教えてあげるわ」
　紫は静かに、少女の死角になるような位置へ向かい、飛び進む。だが……ここで人の気配を憶えた。
「食えるものは大歓迎だが、これは困ったな」
　紫がその声で振り返ると、優木遥斗が僅かに表情を曇らせて呟いていた。彼は浮いた状態でそう呟き、紫はおもわずがっくりとしてしまう。
　その表情はとても悲しげで、切なそうだ。彼もまた、苦い恋の記憶を？　と考察していると、遥斗は至極残念そうにこう、つぶやいた。
「ドロップでは、腹が膨れない……。腹が、満たされないんだ」
「……た、確かにそうよね……」
　そう、遥斗は既に大量のドロップを食べていた。だが、空腹が満たされずとても悲しい気持ちになっていた。
　恋愛とか『もの悲しい』とかそういう感情とは無縁なのか、彼は鈍感だった。それでいて図太かった。その所為かもしれないし、味音痴故に違う感情が沸き起こっているのかもしれない。だが、真相は不明である。
　呆気にとられている紫の様子に気づかず、遥斗はしょんぼりとした顔で呟く。
「せめて、クッキーとか、ビスケットにするべきじゃないのか？　もしくはジャムサンドクラッカー……ともかく、食べたら楽しくなるはずなんだ」
　そう呟いて虚空を蹴り、空へ舞う。紫も共に進んで行くと……、急に遥斗が紫の手をとり、引き寄せた。
「危ないっ」
「えっ？！」
　紫が声を上げた次の瞬間、先程までいた場所を風が唸りながら立ち上っていく、しかも、季節外れの黄砂とドロップを巻き込んで、である。これに巻き込まれたら、何処まで飛んでいくか解った物ではない。
　だが、２人は……いや、空を飛んで居た者たちは確かに見た。小柄な影が黄砂によって浮かび上がるのを。

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