猫鳴館、自治会長選任戦｜リアクション

猫鳴館、自治会長選任戦

●鬼崎あやめ、ワカメ先輩に遭遇する

　時計は容赦なく、どんどん進む。
　午前１１時。投票締め切りまであと１時間を切ったにも関わらず、特徴あるワカメなヘアスタイルのワカメ先輩こと鷹取洋二は、まだ見つかっていなかった。

　定食屋「おにざき」の看板娘である鬼崎あやめは、ちょっと早く来たお客さん、のような顔をして寮内を歩き回っていた。すると、ちょうど男子トイレから出てきた男性とぶつかった。
　彼の手から、ハンカチがひらりと落ちた。白いレースの縁取りが麗しい。
　あやめはそれを拾った。
「すまない」
　そういう彼にハンカチを手渡す。そのまま、何気ないしぐさでそっと彼の手を取る。
「どういたしまして」
　まだ手を添えたままカウント……５、４、３、２、１。
　にこっ、とあやめは彼に微笑む。あやめのろっこん＜リリスの微笑み＞が発動した瞬間だった。
「骨削さんに自治会費を払ってください」
　油断していた相手はこの魅了の能力に抗う術を持たなかった。
「わかったよ。１ヵ月分９００円でいいかな」
　あやめは手慣れた手つきで小銭を受け取ると、領収書を取り出す。
「ありがとうございます。領収書の宛名、なんと入れましょう？」
　彼女は実は、瓢の手の者だったのだ。そして、相手の男性は、そう、ワカメ先輩だった。
　どうやらワカメ先輩、海原先輩の元・押入れ――現『愛の巣』に潜んでいたらしい。しかし、生理現象はどうしようもなかった。そして、トイレで安堵した直後の瞬間を、あやめに突かれた形になったのだ。

「へえ……やるじゃん」
　物陰から添木千唐が姿を見せた。
「千唐くん……！　見てたの？」
「ま、な……。あやめが骨削君に与しているとは知らなかったけどね」
「これは冴木さんに頼まれて……」
　竜司は、瓢から根回しの手紙を貰ったものの自分は受けられないということで、あやめに瓢の応援を頼んだらしい。しかも、あやめに日給５０００円＋キャベツ代９００円を支払うというのだから豪気である。
「冴木さんは、私の義妹の『つくし』と仲が良くて、私が叔父の家にお世話になった当初に私とつくしの仲を取り持ってくれた人ですから。御恩を返せる機会ができてよかったです。それに、骨削さんも、手伝ってくれたら定食屋「おにざき」の常連になってくれるそうですし」
「そう、か……ま、お互い、楽しもうぜ」
　千唐は素っ気なく踵を返す。
　……まさか、こんな所であやめと会うとはね。
　千唐とあやめ。ふたりは幼馴染で、互いに大切な「お兄ちゃん」と「妹」であり、また、あやめの家の借金を巡って取り立てる側と取り立てられる側でもある。ゆえに想いも複雑で。
　千唐は結局、「お兄ちゃん……」というあやめの声は、聞かなかったことにした。