猫鳴館、自治会長選任戦｜リアクション

猫鳴館、自治会長選任戦

●日曜日に支払う人々・その２

　中村優子は、難波辰が、いつもより、るんるんとした足取りで瓢のもとを去ってゆくのとすれ違う。
「あら……難波君も骨削君に投票したの？」
「まーな。一番カラーに合ってるってか、猫鳴館っぽくていいんじゃねーかなって。元々自治会員だしな」
「なんだか忙しそうね」
「パーティーじゃ得意料理のお好み焼きを振る舞うつもりだからさ、準備で忙しくって。先輩も良かったら来てな！　サービスするから。じゃ！」
　優子は、その背を見送ると、辰が払った１ヶ月分９００円を仕舞い込んでいる瓢に近づいた。
「お手紙ありがとう」
「おお。中村はん。……てことは色よい返事ってことですかい？」
「そうねぇ……そういうのも本気だって事の一つだって思うから」
　どうやら瓢、寮の内外を問わず、集票のための手紙も出したらしい。そして今、瓢の本気がひとつ、実を結んだのだ。
「私も猫鳴館に住んで二年目に入るけれど……最近の廃寮の噂、胸を痛めているのよ。ここに入学してからずっと、猫鳴館にお世話になっているもの。慣れ親しんだ場所がなくなってしまうのは悲しいわ……」
「お気持ちお察ししますよぃ」
「もともと３０年前に猫鳴館は取り壊される予定だったって事は、入学した頃に聞いてたの。その時に色々あったって事も。でも……出来るなら卒業した後も猫鳴館が残っていてくれると嬉しいわね……。骨削君に期待してるわ……頑張ってね」
　おっとりと微笑み、優子は、瓢に１ヶ月分９００円を手渡した。

◇

　昨日、米が届いてから、米炊きに大わらわだった雨崎荒太郎は、今日になってようやく、幼馴染の大福に３ヶ月分２７００円を手渡すことができた。大福もパーティの、主に料理の準備に追われていたが、このときばかりは、うん信じてた、という面持ちで神妙にそれを受け取った。

　入れ替わりに大福の元を訪れたのは、矢島鋼だ。
　本土の高校で”ちょっと色々”あって二年から寝子高に通っている彼は、切れ長の目で大福を見据え、
「雪見」
　と呼びとめた。
「なんですか、先輩」
「５４００円。半年分だ」
　大福は、差し出された封筒を見、それから鋼の顔を改めて見る。
「どうして俺に？」
　鋼は以前、「会長は元々自治会員として頑張っていた奴になってほしい」と発言したことがあったのだ。
「確かに雪見は自治会員ではない。俺は自治会員が望ましいと言ってたから意外だったと思う。が、自治会員以外のものが相応しくないとも言っていないだろ」
　そういうと鋼は、にかっと笑った。
「つまりそのハンデを覆すに足る理由が有ったって事だ」
　鋼は元不良で――本人は否定するだろうが――、どこか怖そうな雰囲気もある。
　しかし、こんなふうに笑うと、意外とそうでもないのかもしれないとも思えてくる。
「ハンデを覆すに足る理由……そんなの、……あるかな」
「あるさ。けして友達が多い方ではないのも知ってる。だが一人一人との関わりを疎かにはしていないし、自分から門を閉ざしてもいないだろ。誠実に色々考えて相手を思いやって対応しているのは分かる」
　普段は、もてあまし気味のエネルギーを、どちらかというと”ちょっと色々”な方向に使いがちな鋼だが、この時ばかりは真剣に、何故大福を選んだのかを伝える努力をした。――彼に伝わってほしかった。
「つまり『ひととなり』『人格』だよ。選挙は『人』を選ぶ。だから俺は雪見を選んだ」
　大福は、この人のこんなところを見たことがなくて面食らった。
　だから、ひとつこくり、と肯くだけで、差し出された封筒を受け取ったのだった。