「先生」
と呼ばれた者が、なぜか「先輩」と返事する。そんな奇妙なやり取りがあった。
しかもそのふたりは、年齢差のある成人男性と女子高生だ。いったい何が起きているのか。
男性は
星山 真遠、まだ中年には達していないが、さすがに大学生以下には見えない。
女子高生は女子高生は
川上 紗櫻都(かわかみ・しゃるろっと)、片手に杖をついているがそれ以上に、いわゆる悪役令嬢を彷彿とさせる髪型に目が奪われよう。
真遠が『先生』と呼ばれるのは、彼が司法書士かつ行政書士という、いわゆる先生業のためだ。教師の意味ではない。
一方、紗櫻都が『先輩』と呼ばれるのは、ふたりが同じ病院に、別々の事故で運ばれてきた入院メイトだからだ。リハビリの日々をともに過ごすうち、紗櫻都の方が先に入院していたことから、真遠が勝手に彼女をそう呼び始めたのだった。
「センパイなんてガラじゃないです」
と最初は照れくさそうに否定していた紗櫻都も、いまではすっかり受け入れている。
「裁判、もうすぐ和解するって聞いてるよ」
「おかげさまで、企業側が過失を認める方向に転じました」
紗櫻都はかつて、建設現場の崩落事故に巻き込まれた。右大腿骨を砕かれ、一生杖なしでは歩けない身体となってしまった。
だがトラブルはそれだけにとどまらない。事故の過失は明らかに建設会社にあったにもかかわらず、紗櫻都は逆に事故の原因とされ、理不尽にも訴えられてしまったのだ。
会社は一時、執拗なネガティブキャンペーンを展開し、理不尽な主張を無理に押し通そうとした。しかし紗櫻都についた敏腕弁護士の尽力により、ついに企業側は非を認め、和解金を支払うことになった。名目こそ和解金だが、その実は慰謝料である。
なおこの『敏腕弁護士』は真遠の友人だ。友人……ということにしておく。弁護士と紗櫻都をつないだのは真遠なので、紗櫻都にとって真遠は恩人といえよう。
真遠も、つらいリハビリを乗り越えられたのは、自分よりもっとひどい状態だった紗櫻都の背中を見てがんばれたからと考えており、やはり紗櫻都を恩人と思っている。
かくしてこの恩人同士が出会った場所は──!
それほど劇的な場所ではなくて、寝子島総合病院の廊下だった。
「ところで先生、今日、彼女さんは?」
「
かのじょっ!?」真遠の声が裏返った。「そ、それは誰の話だい?」
「さあー? 恋々さんかもしれませんし、泰葉さんや夕顔さんかもしれません。でなきゃ沙央莉さん? 揚羽さん? あ、そうそう、NACCHIさん、って人もいましたよね? あんなさんも」
あんまり顔を合わせたことはないはずだが、紗櫻都はすらすらと『プロムナード』の面々の名前をあげ、
「先生って美人の知り合いがたくさんいますよねー」
と、締めくくってくすくす笑った。
「あらふたりしてなんの話?」
そこへちょうど
文梨 みちるがやってきたのは、タイミングがいいのだか悪いのだか。
☆ ☆ ☆
町役場の待合ロビーで番号札を呼ばれ、ぽてぽてと窓口へ向かう。ペラペラの番号札をカウンターに置く。
「生年月日、住所氏名のご確認をお願いします」
中年の女性職員は、証明写真のように無表情だ。
「漢字のまちがいにご注意ください」
アプリの読み上げ機能みたいに、抑揚を欠いた口調がぽんっと落ちてきた。
「あ、はい……」
差し出されたのは住民票だ。記載された氏名は『
八幡かなえ』とある。年齢は二十三歳。
「んー」
まだ、しっくりこないなあ。
風の精 晴月は苦笑いして、つくづくと書面を眺めるばかりだ。
八幡 かなえ──九鬼姫と名乗る友達が晴月にくれた名前で、かつてはその友達の戸籍上の名前だった。この
名前をもらって消滅の危機から脱してから、晴月の法律上の名前は『八幡かなえ』になった。
自分のなかでは晴月のままだし、まわりにもそう呼んでほしいけど、この名前は私をこの世界に結びとめてくれる、頼れる命綱みたいなもの。だから、ぎゅって結び目を守らなきゃ。
「よろしいですか」
アプリ声が催促する。
……もしかしてこれ、まちがい探し? 『八幡』って字が『ヘ幡』になってるひっかけ問題とか?
住民票を両手に持ち、じーっと見つめる。近づけてみたり。おでこが紙にくっつくくらいに。
「……」
職員があきらかに「なんなんですかこの人は?」という表情になっていることに晴月は気づいた。
あっ、やば。
にへっと笑顔を咲かせてみせる。
「はい! まちがいありません!」
これでようやく正式に、晴月の住所は確定したわけだ。
桜井 ラッセルと暮らす家に──!
☆ ☆ ☆
マジか。
調理用具を左右の手にしたまま、
野菜原 ユウは店内に立ち尽くしている。
ド平日中のド平日、あいにく外の天気は雨で、夕方からさらに崩れるらしい。
だからコンディションとしては悪い。飲食店にとっては特に。
それでも、営業時間始まってもう随分になるのに。ランチタイムど真ん中なのに。
お客さん、ゼロ。
まだ一人の客とて来店していないのである。ユウが株式会社プロムナード、インド料理店『ザ・グレート・タージ・マハル』に正式就職し週の半分は店を任されるようになって、いや、それ以前のバイト時代を含めても初の事態だった。
もう午後一時近いのに客皆無……もしかして今日定休日だったっけ、俺うっかりまちがえて店開けちゃったとか……。
という考えが現実逃避なのはユウも理解している。
見るな。見るなよ。
見ちゃ駄目だ。見ちゃ駄目だーっ!
自分を叱咤するわけだが体はユウを裏切った。ワンオペの本日だから誰も見ていないのに、それでもこっそりとドアを開けてユウは、道路を挟んだ反対側に目を向けた。
ギャー!
実際は「うわ」くらいの声しか出なかったのだが、心の声はこれに近い。
向かい側の店には行列ができている。この雨のなかご苦労なことに、みな傘をさして。
まぶしいくらいピカピカの新店舗だ。外壁はやたら鮮やかなオレンジと緑のストライプ、入り口には金色の象の像、屋根にはなぜかターバンを巻いた招き猫。甘ったるく安っぽい香辛料の匂いが雨に混じってきて鼻につく。スピーカーからは大音量のインド風EDM。なぜか盆踊りの太鼓を思わせるリズムだ。
個人的には下品だと思うが、目を惹くことはまちがいない。
そして看板にでかでかと輝く店名は──『ナマステ魂!!』。この魂は『スピリッツ』と読むのだそうな。
……なんだその、インド料理とフットサルサークルが合体したみたいな名前は。
ノボリにはさらに大きく、『日本人の! 日本人による! 日本人のためのインドカレー!』と書かれた文字が炎のように躍っている。
「日本人うんたらって書いといて、なんでインドカレーなんだよ……」
思わず口に出てしまった。ユウは渋面になる。こういうわかりやすいフレーズが受ける時代なのだろう。
こっちは本場仕込みでやってんのに、なんだか地味に見えちまうじゃねーか。
アイツが言ってた『秒でツブす』ってやつ、いま実行中かよ。 ※
参考(後半部分)
ユウは扉を閉めて客席カウンターに腰を下ろした。
せっかく、今日もイイ感じでカレーができたのに。ナンだってパリパリのホクホクを、すぐ提供できる準備が終わってるのに。日替わりカレーは俺公案の『初夏のオクラカレー』で超マジ最高なのに。
誰も、来てくれないなんて。
あっちはまだ開店初日だ。ビビりすぎじゃね? と考えたくても、こんな状況はじめてで、どうしたらいいのかユウにはわからなくなっていた。
そのとき、ドアがさっとひらいたのである。はじかれたように立ち上がる。
「いらっしゃ……」
言葉が喉の奥で引っかかった。
目の前に立っていたのは──
あの人物だった。
マスターの桂木京介です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。今回もガイドが長いのですけれど、もちろん読まなくても参加できますのでご安心ください。
星山 真遠様、ガイドへのご登場、ありがとうございました。桜井 ラッセル様はこの時間帯(平日昼頃)は大学だと思ったので名前だけ使わせていただいています。
ご参加の際はこのガイドにこだわらず自由にアクションをおかけください。ご参加お待ち申し上げております!
概要
寝子暦1372年の6月、梅雨入り宣言は出たのか出ていないのか、いずれにせよ湿っぽい時期のお話です。
気持ち的には前作『ライバル登場!』の直後ですが、時間や場所については融通はきかせますのであまりお気になさらず。
明日のことは誰にも判らない、というタイトルです。その言葉だけ頭の片隅にあれば、どんなアクションでも大丈夫です。
漠然とした不安とか、ちょっとしたハプニングとか、もちろん、もっけの幸い的な思わぬラッキーイベントでもいいでしょう。意外な再会なんていうのもいいですね。
自由に発想してみてください。
NPCについて
制限はありません。いつも書いていますが相手あってのことなので、必ずしもご希望通りの展開になるとは限らないことをご了承下さい。
特定のマスターさんが担当しているNPCであっても、アクションに記していただければ登場させたいと思います(できなくても最大限の努力はします!)
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、交際相手、水星出身の純朴なパイロットと理事長の娘、決闘を通じて婚約関係になる……もう何書いてんだか)を書いておいていただけると助かります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(2シナリオ以内でプリーズ)
ご注意! たとえ自分が書いたシナリオであっても、私はタイトルとページ数を指定いただけないとかなりの確率でフリーズします。
それでは次はリアクションで会いましょう。
あなたのご参加をお待ちしているのです! 桂木京介でした!