その日、矢木沢 紫(やぎさわ・ゆかり)は朝からずっと忙しかった。
担当しているお客さんからの訪問要請が重なって、あちらへこちらへと飛び回っていたのだ。
それが一段落してやっと、紫は昼食を食べていなかったことに気がついた。
どうしよう、と時計に目をやると、もう昼食という時間はとっくに過ぎている。
今から食べたら夕食に響いてしまいそうだ。
でも気付いてしまうと、空腹を我慢するのは辛い。
「あ、そういえば……」
確かこの辺りに、おいしいと噂のたこ焼きの屋台が出ていたはず。
紫は寝子ヶ浜海岸へと足を向けた。
寝子ヶ浜海岸には、『トンビに注意!』という文字とトンビの絵が描かれた看板が立っていた。
この辺りではトンビに食べ物をさらわれる事件がちょくちょく起きている。
紫も一度、手にしていたハンバーガーを取られたことがある。どうしてさっきまであったはずのハンバーガーが急に手の中から無くなったのか、しばらく分からなかったほどの鮮やかな手並みだった。
それほど上手でないトンビもいるのか、食べ物をさらうときに翼が当たったり、鋭い爪をひっかけたり、という事件もたまにあり行政は頭を痛めているらしいけれど、今のところ看板で注意を呼びかけるくらいしかできず、これぞという対処法は見つかっていないようだ。
今日は取られないように気をつけないとと思いつつ、紫は海岸を見渡した。
赤と白のテントに、大たこやき、の文字と下手なタコの絵が描かれた屋台はすぐに目についた。
「ほんとにちゃんと晩ご飯食べるのよ」
幼稚園くらいの女の子にねだられて、母親がたこ焼きを買っている。
先にたこ焼きをもらった女の子が走り出し、母親が慌てて代金を払って後を追う。
そんな様子に我が身を重ねて、紫がくすっと笑った、まさにその時。
――耳をつんざくような悲鳴
――すっと舞い上がる大きな翼
――泣き叫ぶ子供が目を押さえた手の隙間から、溢れた血が流れ伝う
――砂に足を取られながら子供にまろび寄ろうとする母親
――砂浜に転がったたこ焼きを次々にさらってゆくトンビたち
――頭上で悠然と輪を描く、異様に大きなトンビ
大トンビと目があったように気がした瞬間、紫は意識を手放した。
そのとき、たまたま居合わせたもれいびたちは不思議なものを見た。
世界の色が褪せ、周囲のモノが巻き戻しのように逆流してゆく。
またたきする間にそれは終了し、そして。
「お母さん、たこやきたべたいー」
「今食べたら晩ご飯食べられなくなるでしょ」
「ごはんもたべるから、たこやきー!」
「ほんとにちゃんと晩ご飯食べるのよ」
子供にねだられて、母親がたこ焼きを買っている。
目にしたばかりの光景。
少し離れたところで女性が倒れているのが、さっきと違うだけの。
――悲劇へのカウントダウンが再び始まった。
※注意※
このシナリオでは、もれいびとヒトで、持っている情報と状況が異なります。
・もれいび→何があったかの記憶を持ったまま、時間が巻き戻っている。
・ヒト→何があったのかの記憶を持たず、時間が巻き戻ったことにも気付いていない。
母子、屋台のおじさん、屋台付近にいる名も無きNPCたちはすべてヒトなので、これから何が起きるのかを知りません。特に何もない限り、さきほどと同じ行動をとります。何が起きるのかを知らないNPCには、PCの救助行動が不審な行動に思われることもあります。どうぞ注意下さいませ。
何もしなければ、巻き戻る前と同じことが起こります。
皆様に与えられたのはほんの1分ほどの時間に過ぎませんが、子供を救うことができるかどうかは、そのわずかな時間にナニカができる皆様にかかっています。
もしかしたらその短い時間では何も変えられないかもしれない。
けれど、1分で何かを変えられたら、そこから先に別の未来が続いていきます。
1分で大トンビを倒したり追い払ったりする必要はありません。
この時間でしなければ手遅れになるのは、子供の目が襲われる、ということ。それ以外のことは、1分が過ぎてから存分に対処することもできます。
何をしなければならないのか、何が最優先なのか。
何か投げつけるものは、と探していたらそれだけで1分が経ってしまうかもしれない。
1分で変わった先にある未来が、逆にもっと悲惨になってしまうかもしれない。
そんな危うくて、一つ間違えたら気分悪い結末になってしまうような状況ですが、
それでもやってみる! という皆様のご参加、お待ちしてます。