お好み焼き屋『うさぎ屋』では、今日も叔母が──
宇佐見 満月が開店準備に追われている。
「叔母上」
「はいよ」
手慣れた速度でキャベツを刻む満月に、
大田原 いいなは声を掛けた。
「儂も手伝う」
「駄目だよ」
いつも通りと言えばいつも通りにすげなく追い返され、いいなは難しい顔をする。邪魔にならずきちんと手伝えるというのに、叔母は大体において手伝いなどいらぬと笑う。そんなことよりも自分のやりたいことをしろと豪快に笑う。
(でも、満月ちゃん)
やりたいことをやれとこちらの背中をどやしつけるそのくせ、満月自身は自分のやりたいことをやれていない。いつだって自分のやりたいことを我慢して、こちらのやりたいことばかりを優先する。
戸口に立ったままのいいなに向け、満月がひらひらと手を振る。
「暇なら望月と遊んでな」
書類上の母である叔母の頑固さを、育ててもらったいいなはよく知っている。どんなに言っても聞かない、曲げない。それは満月の美点でもあるのだろうが、
(満月ちゃんも、やりたいことがあるのに)
世話になったからこそ心配になる。やりたいことをやってくれとその背を押したくなる。
だからこそこの前、商店街の昔からの顔なじみである『やきとり ハナ』の女将の黒河花枝と太一──叔母の幼馴染でもある男に叔母を支えてやってくれと頭を下げた。そこまではいい。
けれどそれをうっかり叔母に聞き咎められた挙句、
──あたしと結婚しろって意味なんじゃ!
違う意味に捉えられてしまった。どれだけ違うと言っても、
(あの頑固者め)
満月は聞きはしなかった。
言えば言うほど頑なになる叔母の態度が僅かに和らいだのは、己が女将と共にその場を離れた後。太一とふたりきりで話した後。
(……よし)
ならば、といいなは踵を返す。叔父の居る二階の部屋へと向かう。
「叔父貴、聞きたいことがあるんじゃが」
そう言って襖を開けた途端に飛び込んで来たのは、窓を全開にして猛スピードでスクワットをする叔父──
宇佐見 望月の姿だった。
「どうした、俺様に何か用か?」
初夏の風に額の汗をきらきらと輝かせて笑うどう見ても体育会系な大学生になったばかりの叔父の前、いいなは正座する。
「叔父貴、聞きたいことがあるんじゃが」
再度言ってじろりと見上げれば、望月は明るい栗色の瞳を丸くした後、大人しくいいなの前に正座し、すぐに崩して胡坐になった。
うむ、と頷き、いいなは先の夜、望月が大いびきで寝ている際の出来事を手短に話す。
少しでも満月の負担にならぬよう、己も望月もこの家を出ようと画策していることをもしかしたら満月に聞かれたかもしれないこと。
「あー、……そっか」
胡坐に頬杖をついて少し困った顔をした望月は、けれど黒河太一と満月とのことを聞いた途端に興味津々な顔になった。
「……ふたりの話を、聞いてしまったのじゃ」
己と花枝が離れている間、満月と太一が交わしていた会話の、その一端。
──……十年以上前のいつだったか、つまらない喧嘩に巻き込まれたときに助けてくれたことを、覚えていますか
太一は確かに、そう言っていた。
──あの時から、
言いかけて、口を噤んでその場を去ってしまった。
「それでな」
いいなは望月に膝を詰める。
「叔母上は昔何をやったんじゃろうか」
それを知ることが、何もかもを抱え込んだままがむしゃらに進もうとしている叔母の今を打ち破る手がかりになるような気がした。
「叔父貴、分かるかの?」
「十年以上前、って言ったら俺様まだヒトケタだし、覚えてるわけないじゃん」
「ええい興味ないことは欠片も覚えぬこのぐうたら頭が!」
ピシリと叔父の頭にチョップをくれて、いいなは眦を決する。
「こうなったら本人に聞くか」
「いや覚えてないと思うぞ」
義理人情に厚いそのくせ、自分が助けたことはすぐに綺麗に忘れ、助けられたことばかりいつまでも覚えている──いいなの叔母は、望月の姉は、そういう女性だ。
「十年以上前ってゆーと、ねーちゃんが一番荒れてた頃か」
腕を組んで望月は記憶を手繰り寄せようとする。
「たぶんあっちこっちで喧嘩買いまくってた頃、泉先生と出会って書道始めたばっかの頃?」
「泉先生というと、寝子高のかの?」
「うん、
泉 竜次先生。担任だったか、恩師だったか、そう言や大学の頃にも世話になったって話を聞いたことがある」
そうそう、と望月は膝を打つ。
「『書道部入って即出展ってなんだよクソ親父』! ……ってすげー怖い顔してたの、……思い出した……」
幼心にとても怖かったらしい過去の姉の顔に思わず頭を抱える望月に反し、いいなは勢い込んで立ち上がった。
「こういうときは聞き込みじゃ、叔父貴」
誰に、と瞬く望月に、いいなは元気いっぱいに返す。
「片っ端からに決まっていようぞ!」
お待たせいたしました。
プラシナ『春の行き先』からの派生シナリオ、『満月ちゃん昔何やった編』、お届けに上がりました!
満月さんの弟&姪コンビの寝子島聞き込み旅のご依頼、ありがとうございます! おふたりの道中や満月さんのあれこれ、たくさん描かせて頂けましたら幸いです。
満月さんの過去に関わることですし、もし「ここは参照して!」なシナリオがありましたらお申しつけください。その際は参照ページをご指定頂けましたらとても助かります。
聞き込み先
いくつか行先めいたものをご用意いたしましたが、せっかくのプラシナです、いいなさんと望月さんの行きたいところや話を聞いてみたいひとが居られましたら、どうぞご自由にお向かいください。
〇泉 竜次
旧市街を何か面白いものがないか探して散策中です。
暴れん坊だった満月さんのことはよく覚えている様子。旧市街居住であることもあって、いいなさんの事情も少し知っているようですが、いいなさんが口にしない限り言及しません。
満月さんのことは今も気に掛けていて、もしかしたら時々『うさぎ屋』にも顔を出したりしているかもしれません。気が向けば『やきとり ハナ』にも。
・『コナミ大衆食堂』のおばあちゃん
店先の椅子にのんびり座ってお茶を飲んでいます。ふたりを見かけると「お菓子いるかい」と、まるきり小さい子供にするように飴玉やらお煎餅やらを手渡そうとします。商店街のことは大体知っているお喋り好きなおばあちゃんですが、話があっちこっちに飛ぶ上に長いです。
・『堀田肉店』の二代目
持ち帰り用の窓口でコロッケを揚げています。ふたりを見かけると「食ってくかい」と試食させてくれるお気楽で大柄なおっちゃん。黒河太一の同級生で、昔はちょっと悪さもしていたようです。満月さんに対しては何故か敬語を使います。
〇商店街の面々
宇佐見家と昔からお付き合いのあるご近所さんたち。
いいなさんと実両親・宇佐美家とのあれこれも大まかに知っているようです。もちろん、満月さんの『荒れていた頃』のことも。
どうぞご自由にご設定ください。もちろん、阿瀬にお任せくださいましても大丈夫ですー。
〇黒河母子
商店街の一角にある居酒屋『やきとり ハナ』で開店準備中。
弟&姪コンビを見つけると、店先で七輪に炭を熾しながら話をしていた女将の黒河花枝と息子の太一が人懐っこく笑います。
どうやら今日は店の外で露天営業じみたことをする様子。店の外にはビールケースをひっくり返して座布団を置いた即席の椅子がいくつか並び、気の早いご近所のお爺ちゃんたちが昼間っからお酒を呑んだり煙草を喫んだりしつつ将棋を打っています。
満月さんの過去について、太一は「満月さんが覚えていないなら」とあまり話す気はなさそうです。
女将の方も太一からは何も聞かされておらず、おふたりの聞きたいことについてはそれほど知らないかもしれません。
その他NPC等について
・他のマスターが担当していない登録NPCやXキャラ、阿瀬が担当している登録・未登録NPCであれば、不自然でなければ登場が可能です。
・Xキャラクターをご希望の場合は、口調やPCさんとの関係性などのキャラクター設定をアクションにお書きください。
Xキャラ図鑑に書き込まれている内容は、URLを書いて頂けましたら参照させていただきます。
それではっ、満月さん、いいなさん、望月さん、お三方のお越しを楽しみにお待ちしておりますー!