巨躯が板張りの上に投げ落とされた。
ぱぁん、と死人も目を覚ましそうな破裂音が立つ。しかし音の派手さとは裏腹に、腕に残る質感はずっしりと確かだった。
年々細くなりやがる。
我が腕に目を落とし、
伊織 紘之助は内心苦笑する。
一見すれば枯れ枝だ。焼死体のように焦げた色、肉は落ちきって筋が浮き出てて、ところどころ染みがある。しかしよく見れば鉄芯のような硬さと、血管を流れるものの熱さはなお健在とわかるのではないか。枯れ枝に非(あら)ず、是(これ)鍛え尽くした金剛棒也。
なんといってもこの腕が、体重にして倍以上の相手を投げ飛ばしたのだ。しかも軽々と。
「ふいー」
投げられた相手がひょいと身を起こした。手を借りるまでもなくぱっと立って、
「お見事! まだまだお師匠にはかないませんや」
深く一礼する。
上げたその顔も決して若くはない。むしろ老人に近いのではないか。豊かな髪はほぼ真っ白で眉毛にいたっては完全な白、といっても紘之助からすれば三十ちかく年下だから、まだまだ洟(はなっ)垂れといっていい。
吐前 亀二郎(はんざき・かめじろう)、昔からの門弟のひとりだ。刑事をやっているが間もなく定年になる。
体型は丸く唇にやどる表情も丸く、眉に半ば隠された目もやけにつぶらである。けれどもこの亀二郎の容貌が、相手を油断させるための見せかけであることを紘之助は知っている。無害そうな外見で油断させ、毒蛇のように一気に咬みつくのだ。喰えない奴なのである。まあそれは、自分もたいがいなものだという自覚は紘之助にもあるのだけれど。
「それにしても技のキレも巧みさもここまで健在とは……まだ現役で通りますな、はい」
心底嬉しそうに亀二郎は言った。
「おだてるない」
「この分ならお孫さんとも、五分以上の勝負ができますねえ、はい」
ちぇ、と紘之助は、いたずらがバレた悪童みたいに唇の端をつり上げる。
「お見通しだってわけかよ。油断ならねえ刑事(デカ)だぜ」
へへへ、と亀二郎は照れ笑いした。
「ウエイトじゃあ及びませんが、体型的に坊ちゃんに近い弟子とくれば、呼べばすぐ駆けつけるのは私でしょうからねえ、はい」
稽古に付き合えやと、呼ばれてすぐ亀二郎はピンときたという。
「そろそろ『坊ちゃん』はやめてやれや。あいつだってもう高校も出たんだぜ」
「ああ、今月でしたっけねえ……早いもんです月日の経つのは。はいー」
しみじみフェードアウトする音楽のように亀二郎は詠嘆するかと思わせて、
「じゃ、『九代目』と呼びましょうか?」
急に転調したようにケロっと言った。
「そいつはまだ早え」
言うなり紘之助の目に鈍い光が灯った。
いつかその日が来るかもしれねえがな。
あいつは俺を越えようとするだろう。
当然だ。俺だって待ってる。
――けどよ、そう易々と越えさせるわけにはいかねぇな。
だから鍛え直しているのだ我が身を。勘を取り戻すべく。うんと高い壁になってやるべく。
「しゃべってたら体が冷えてきやがったぜ」
呵々大笑して紘之助は、切り結ぶ過程で落ちた木刀を拾う。
「もう一本いくか」
「望むところですよう」
亀二郎も刀を帯びて、犬が狼になったようなものすごい笑みを見せた。
● ● ●
明日の時間割を気にする必要がなくなって久しいが、それでもまだどこかそわそわするというか、手持ちぶさたという感覚は消えない。
決まり切った仕事、ルーティンワークがないからだ。
朝早く起きてひと稽古して、制服に着替えて登校する。
授業を受けて眠気を覚え、窓の外の空を眺めたりする。校庭をランニングする生徒の数を数えてみたり。空腹に耐えきれなくなった頃にようやく、昼休憩のチャイムが鳴る。
ルーティンワークだ。高校生活という名の。
もう終わったことだと
伊織 源一は理解している。じきに大学生活という別のルーティンワークがはじまるであろうことも。
現在(いま)はひとつのルーティンとルーティンのあいだの過渡期にすぎないということも。
あの日源一は壇上で卒業証書を受け取り、舞台でヘッドスピンを披露した。まるで自分の匂いをマーキングする野生の動物のように、頭を舞台にこすりつけて飛び降りた。
源一の卒業式はそうやって終わった。
けれど源一の高校時代は終わったのだろうか。カレンダーが進めば自動的に大学生の自分に切り替わるのだろうか。
違う。
その前に越えなければならないものがある。
稽古着に袖を通す。
桂木京介です。
遅くなりました。大変長らくお待たせしました。
そして、伊織 源一様、伊織 紘之助様、リクエストをありがとうございました!!
プライベートシナリオをお届けします。
シナリオ概要
伊織 源一様の新生活は、いよいよ秒読みの段階に入っています。
けれどただ時が至れば開始するというものではありません。
その前にあなたには、越えなければならぬ障壁があるのです。
運命の日が近づいています。
祖父の紘之助様にとっても大切な日となることでしょう。
簡単に乗り越えさせては、障壁として役不足です。何より自分が面白くない。
とことん闘(や)って、屈服させられればそれもまた痛快、という気持ちで臨みます。
師匠と弟子、祖父と孫、互いのこれまでとこれからを賭けた『試合い』に至るまでの行動を描写することがメインのシナリオとなることでしょう。
これが大枠ですが詳細は決めていません。
心情をこめてたっぷりと自由にアクションを書いて下さい。
それでは、次はリアクションで会いましょう!
楽しみにお待ちしております。桂木京介でした。