暗灰色の雲の隙間に青空が見えた。
ひゅるひゅると潮風が渡って行く冬空を仰ぎ、
水上 桜は黒い瞳をちょっとしかめる。今日も寒くなりそうだ。
何気なく空を見上げた視線が、ふと固まった。
ひゅう、と風を鳴らす電線のその先の電柱のてっぺん、白い猫がいる。長く真っ白な毛と透明な髭を北風にふわふわと揺らし、真っ白でふわふわな四本肢をお行儀よく揃えて座す、白い猫。
(フツウ、だ……)
桜が苦々しく呻いたには訳がある。
白猫の前足ひとつが桜と同じほどかそれ以上ある。黒い肉球は桜の頭ほどある。その大きさでどうやって電柱のてっぺんに座っていられるのかは分からないけれど、下手すれば寝子電の車両ひとつ分ほどもある巨大な白猫は確かにそこに座っている。
(あの猫、どこかで)
電柱を仰いで眉をしかめ、記憶を辿る。確か以前、
例によってフツウな出来事に巻き込まれたときに見た気がする。
桜が記憶に辿り着くよりも早く、金色に光る瞳を気持ち良さげに細めて巨大な白猫は、にゃーご、とひと鳴き。
町の一角に響いた猫の声が風にさらわれるより早く、
「にゃ、……にゃ?! にゃぁああぁぁぁあ?!」
桜は猫の姿になっていた。その上、ふわり、身体が浮き上がる。じたばたしてもふわふわふわりと宙に浮いた猫化した身体は、ぽふり、白猫の背中に乗っかった。
白猫の背中の上には、桜よりも先に猫に変身させられて背中に乗せられたらしい寝子島の住人たちが数人、否、数匹。
それから、猫耳に尻尾をつけた和装姿の男がひとり。
桜は、男にも見覚えがあった。例のフツウな出来事の際もこの男が居た。確か名を、日暮。
「……これで全員やろか」
日暮の隣、白猫の背中の毛に埋もれそうになりながら、別の猫がにゃあ、と鳴いた。
「ん、何や智瑜。喋りたいんやったらな、こーう、人間に戻りたいー、て願うてみー」
日暮に言われるまま、猫はしばらく考える風をする。そうすると、猫の姿はふわりと歪んで、
「これは、一体……」
猫耳尻尾がついているものの、黒髪の少女の姿となる。
「あれやで、『ねこ温泉郷招待券』。何か月か前に引き当てたやろ?」
日暮の言葉に、
宮祀 智瑜は小さく頷いた。
「こんがな、ねこ温泉郷の猫又はんに頼んでん。みーんなでねこ温泉郷でお湯につかりたいー、てな。けど、ねこ温泉郷は猫による猫のための温泉宿や。迷い込んだ人間は何日間か猫に奉仕せなならん。ゆっくり温泉に浸かって遊ぶなんて夢のまた夢なんやけどな、──まあ、確かに猫んなったら温泉浸かれるわ」
「こんちゃんと夕さんはここにいるんですか?」
「うん。珠も居る。珠は元々からして猫やけど」
智瑜の問いに、日暮は和服の襟を広げて見せる。和服の腹には、彼の家族が変化したらしい白猫と虎猫、それから黒猫が小さな体を丸めて眠っていた。
わ、とはしゃいだ声をあげる智瑜をちらりと見やり、桜は猫のかたちに変化した自分の手を眺める。
(ということはこれはあれか)
『ねこ温泉郷招待券』は、去年のハロウィンに
『ねこの庭』のハロウィンパーティで催された宝探しの景品だった。小さな子供の字で書かれた『招待券』を思い出し、桜は不満げに呻る。
(おのれフツウめ……!)
この事態は、『ねこ温泉郷招待券』を引き当てたが故のフツウか。
「まあ、猫又はん大雑把やさけ、招待券当てたんと違うひとも猫にして連れて来てしもとるみたいやけど。まあ、まあまあ、そないえらいことはたぶん起こらへんよって、猫化が解けるまでの二日間ほど、のんびり温泉浸かったり湯治しとる猫らと一緒に新年会楽しんだらええん違うかなあ」
それとも、と日暮は声を潜める。
「温泉郷の湯元とか探してみるんもええんちゃう? 『猫又さんの寝床』て呼ばれとる湯元の湯に触ったらな、大金持ちになれるらしいで、知らんけど」
にゃーご、と猫又さんが鳴く。猫に変化させた寝子島の住人たちをその背中に乗せ、彼らを『ねこ温泉郷』に招待すべく、風のように走り始める。
こんにちは。阿瀬 春と申します。
ガイドをお読みくださいましてありがとうございました。
今回は、ねこ温泉郷へのお誘いに参りました。
水上 桜さん、宮祀 智瑜さん、ガイドへのご登場ありがとうございました!
もしご参加いただけますときは、ガイドに関わらずどうぞご自由にアクションをお書きください。
ねこ温泉郷は初めてな方も、前に来た(そして働かされた)な方も、どうぞお気軽にご参加くださいー!
ねこ温泉郷とは
以前何度か出させていただきましたシナリオ(読まなくて全然オッケーですー)に出てくる、猫による猫のための温泉郷です。
朱塗りの壁に蒼い屋根、何層階もある巨大な温泉宿の中には、いくつもの温泉や数え切れない客室、千匹入れる露天風呂に貸し切り温泉、展望風呂だって、百畳の宴会場も十畳の個室もあります。
このシナリオでできること
いくつか、選択肢をご用意してみました。
ひとつかふたつ選んで、『キャラクターの行動』の欄に番号をお書き添えください。
1〇ねこ温泉郷でのんびり
猫の姿で、温泉に入ったり宴会場で飲み食いしたり縁側でのんびりしたり。
何せ猫なので、多少の狼藉はおとがめなしです。
※お好きな猫の姿をご指定ください。阿瀬にお任せも可能ですー。
2〇『猫又さんの寝床』を探す
猫耳尻尾な人間の姿で、温泉郷の奥にあるという『猫又さんの寝床』を探せます。風そよぐ竹林や清涼な小川や、ねこじゃらしの草原や祠のある洞窟を抜けて冒険の旅、です。あちこちに猫が居ます。遊んで遊んでとまとわりついてきます。
洞窟の前では、以前のシナリオ(ねこ電の二日間)で『猫又さんの寝床を探す』とねこ電に密航していた子猫たちもうろうろしているようです。
猫又さんの寝床は洞窟の奥、妙に立派な祠のそのまた奥にあるようです。
崩落した天井からおひさまの光が降り注ぐ泉はふんわりとあったかく、触れると金色の光をきらきらとまき散らして、『あなたの欲しいナニカ』の幻をひととき見せるようです。
・例えば……洞窟いっぱいの宝石、限定〇個限りの美味しいおやつが無数に、望んでも叶えられなかった幸せ、会いたくても会えない誰か、などなど。
3〇猫たちにご奉仕する
猫耳尻尾つきな人間の姿で、ねこ温泉郷に来る猫たちのお世話もできます。
温泉でくつろぐ猫たちのブラッシングをしたり、猫たちのために布団を敷いて添い寝をしたり、猫団子にもみくちゃにされたり、鰹節を延々あげたり。人間の姿をしている場合、猫のために働くことを強要されます。
4〇その他
ねこ温泉郷で出来そうなことでしたらなんでも!
登場NPC
・日暮
茶虎猫の猫耳と尻尾がついた姿をしています。自分の姿に大変困惑していますが、ねこ温泉郷の案内だけはします。基本的にやる気がないため、隙があれば猫の姿になって温泉に入ったりごろごろしたりしているようです。
・夕とこんと珠
夕は虎猫、こんは白猫の姿となっています。珠はもともとからの黒猫です。
ねこ温泉郷にいる間は、請われない限りはひとの姿に戻る気はなさそうです。温泉郷の猫たちと一緒になって温泉に入ったりお昼寝したり。
それでは! どなたさまのお越しも心よりお待ち申し上げておりますー!