冬のお楽しみと言えば、
「やっぱり炬燵に蜜柑だねえ」
桜花寮の自室の机の上に広げたノートに
岡野 丸美が書き込むのは、数式でも問題の答えでもなく、炬燵に入って蜜柑をぱくつく子狸の落書き。
ふくふくとした頬を机に押し付け、ぼんやりと窓の外の冬の夕暮れを黒い瞳に映す。どうにも勉強に集中できない。お腹が空いているからだろうか。
(ダイエット中だけど)
少しくらいなら、と机の奥に潜ませた秘密の箱を引っ張り出す。お腹が空いた時用の非常用菓子を詰め込んだ箱の蓋をわくわくと開けて、
「……あれ?」
丸美はおっとりとした優しいたれ目を丸く見開いた。箱いっぱいに詰め込んだお菓子の上、赤いクレヨンで文字の書かれた和紙が入っている。
「たす、け……」
――たすけて
たどたどしい赤い文字を見止めた途端、丸美はぎくりと椅子から立ち上がった。
――たすけて
――こわいひと しょうじのむこうに いる
――わたし ここ
ここ、の文字の下には、いつだったか
不思議な手紙に呼び出され、誘い込まれるように入った挙句に怖くて不思議な思いをした、寝子高校近くの廃屋までの地図が拙い絵で描かれていた。
住宅地の片隅にぽつんと建つ二階建ての日本家屋を思い浮かべた、その瞬間。
薄暗い廊下に、丸美は立っていた。
「え……」
息さえ忘れ、板床の廊下にぺたんと座り込む丸美の前、すくりと立つは着物の背の半ばまで黒髪を伸ばした、日本人形じみた容姿の少女。
「助けを呼んだてこと? ええ度胸やないの」
丸美を見、丸美と同じように紙切れ一枚で突如として薄暗い廊下に召喚せしめられた人々を剣呑に細めた黒い瞳で見遣り、少女は腕組みをする。目前で固く閉ざされた障子の前に仁王立ち、
「引き籠って悪さするんもええ加減にしィや! 開けなさい!」
少女の姿に似合わぬ迫力のある声を廊下中に響き渡らせる。暗いばかりの障子の向こうを睨み据えたかと思えば、やおら障子に手を掛ける。足袋の両足を踏ん張り、障子の枠が歪まんばかりに力を籠める。
ぱん、と弾けるような音立てて障子が開いた。
開いた先には、
「なんやの、これ!」
立ち塞がる白壁と、そこに並ぶ三つの扉。
「なんやなんや、さわがしなァ」
階段があるらしい廊下の奥、ひょいと顔が覗く。見たことのあるようなないような、
いつか黄昏色したどこかで会ったことのあるようなないような。曖昧な記憶を探り、丸美はおかっぱの頭を傾げる。
「日暮! もうこんなん埒があきません、今日の今日こそあの引き籠もりの座敷童引きずり出して詫び入れさせます!」
着物姿の少女が喚き、障子の奥の扉のひとつをでたらめに開いて中へと飛び込んだ。
「夕、そないがむしゃらに突っ込むもんやないて、……ああ、行ってもた」
日暮と呼ばれた二十代半ばほどの男が廊下に出、背中で束ねた黒髪の頭をがりがりと掻きながら、廊下に立ち尽くす人々を見回す。
「あー、えーと。こんな夕暮れに突然集まってもろうて、……難儀かけて、えらいすんません。集めたんはわしやのうてこの奥の間に閉じこもっとる子なんやろけど」
「こわいひとがいるからたすけて、って」
片手を小さく上げての丸美の発言に、周囲の人々が同意を示す。
「ああ、まあ、……せやなあ、……わしら、
なんやかんやあってこの島に住みつかせてもろた者なんやけど、とりあえず住むとこ探してて。そしたらこの家の家主はんがこの家に起こる色んな怪異納めてくれたらここ住んでええよ、て言うてくれて」
ひらひらと手招きされ、丸美は日暮の隣に立つ。示されて廊下の窓から覗けば、いつかここで百物語の会をしたときに見た荒れた庭とは打って変わった、剪定され掃除施された庭が見えた。
「あちこち荒れとったさけ、怪異無視してとりあえず片しとったら、元々この家に住み着いとった子がへそ曲げてしもたらしいてな。その子が怪異起こしとったんやけど。この奥の部屋閉じこもって出て来ん上、一度この家に入ったら出て行けれへんようにしてしもた」
「え、……じゃあ、」
目を瞠る丸美に、日暮は感情の浮かばぬ顔で頷く。
「引き籠りの座敷童とっ捕まえな自分の家には帰られへん」
こんにちは。阿瀬 春と申します。
今日は、シーサイドタウンの住宅地の一角にある廃屋での一幕のお誘いに参りました。
■シーサイドタウンの廃屋
寝子島高校近くの住宅地にぽつりと建つ二階建ての日本家屋です。
雑草や手入れされずに伸び放題となった紅葉や木蓮が茂り、錆びた門扉には『売家』の看板が長いこと掛けられ、朽ちるのを待つばかりの廃屋でしたが、最近住み着いた住人によって、家周りはすっかり綺麗になりました。荒れていた庭も、汚れ放題だった屋内も、古びてはいますが住みやすく整えられ磨かれています。
元々はナニカが住み着き、迷い込んだひとや呼び込んだひとを驚かせて面白がっていたようですが、今はそのナニカは二階の一室に閉じこもっている様子。
突如として元廃屋に呼び出されたあなたたちは、そのナニカを見つけ出して捕まえ、追い出すかどうかしなくては、この家から出て自宅に戻ることができません。
■ナニカの潜む場所
奥の部屋に立ちふさがる扉三枚。
そのひとつを選んで中へ進んでください。三枚のうちのどれかの奥に、あなたたちをこの家に呼びつけたナニカが居ます。捕まえてしまえば、煮るなり焼くなり好きにできます。四歳ほどの少女の姿をしています。
■行けるところは四つ。扉の向こうへは一か所しか行けないものとさせてください。
○右の扉
扉を潜った途端、夏の庭に出ます。背後には蔵、正面には虫が鳴く庭。花火があがっています。
分厚い扉が開かれた蔵の前には長椅子が出され、座布団と冷たいお茶、盆に乗った西瓜が置かれています。
今はもう寝子島にはいない、懐かしい誰かの幻(生死は問いません)と対峙し、話をすることができます。が、そこはしてもしなくても構いません。
庭の外に出ることはできませんが、蔵の中に入ることができます。
涼しい蔵の中には山のように積まれた本。奥には古びた文机と小さな角灯、盆に置かれた銚子と飲みかけの酒の残る猪口。
○真中の扉
左右に行燈の灯る洞窟が広がります。頭上には天井を支える木製の柱が縦横に張り巡らされています。どうやら閉鎖された鉱山の坑道内のようです。行燈は天井からも吊り下げられています。
奥には横倒しに転がる神棚と砕けた鏡、白陶磁器の花瓶に活けられたまま朽ちて腐った供花。
神棚の奥、ごそごそと蠢く、十数本の腕と十数本の足持つナニカが見えます。あなたを見つけ次第、「あそぼう、あそぼう」と言いながら近づいてきます。
そのナニカに取り込まれると帰宅も叶わない、かもしれません。
・夕と呼ばれる少女の姿した者が飛び込んで行きました。
怖い顔でずんずん先に進んで行っています。くっついていれば割と怖いものなし、かもしれません。
○左の扉
山百合の咲き乱れる早朝の霧に覆われた谷が視界を埋めます。霧に濡れた板敷の道を辿れば、大岩の転がる澄んだ川が見えてきます。
川をさかのぼった先には、小さな祠。祠の両脇には簡素な灯篭。火は消えています。
怖いことは何にも起きません。
○廊下と階下(庭に続く縁側のある大広間、風呂場や台所、古井戸のある中庭等があります)
台所で日暮と呼ばれる男がお茶を淹れたりご飯を作ったりしています。
日暮の言う「なんやかんや」なあたりは読んでなくてもこのシナリオには全く影響ありません。どうぞみなさまお気軽にご参加ください。
それでは、お待ちしております。