連なる紅色鳥居を見仰げば、隙間に茜の空が見えた。
隙間の黄昏に群れ飛ぶナニカを見た気がした。夕暮れの色を集めて空に舞うそれは、鳥でも蝙蝠でもない。頭部は捩れた角、尾羽は蛇のかたちした、それはこの世ならぬ異形の存在。
くすくすと、ひとの声で異形の鳥が笑う。笑いながら赤錆た鉄の色した翼で夕風を打ち、夕空に躍る。
ここは己の生きる世界であるのか。
そもそも、いつから己はここに立っていたのか。
唐突にそのことに思い至って、
桜庭 円は緋色の瞳を瞬かせた。夏草の色に染めた髪に茜の光を揺らし、もう一度ぐるりを見回す。
どこまでも連なる紅色鳥居と、入口も出口も夕闇に呑まれた石階段。
「ここって……」
苔生した石階段を踏む足元を見下ろして、毛むくじゃらの細長いナニカに足元をすり抜けられた。
「わ、」
足が絡んで転びかけて、身軽にたたらを踏んで体勢を立て直す。
「気ィつけ、ここで転んだら階段の下まで瞬きの間に戻ってまう」
背後から声を掛けられ振り返れば、
「お兄さん」
茜空の世界に紛れ込む度、その入り口に立って案内じみた言動を示す仮面に和装の男が、けれど今日は何の面も掛けずに立っていた。
特徴の薄い、どこか人形じみた顔で淡く笑み、円の脇をすり抜け階段を登り始める。
「わし、もう行くよってに」
「『ヒトバシラ』になるの?」
先に、このいつまでも夕暮れ空が続く世界の住人からそう聞いた。
「うん」
円の鋭い問いかけに、日暮はうなじに結った黒髪を揺らして事もなげに頷く。彼が人柱となるべき場所が先にあるのだろう石階段を登る足を緩めることもなく。
――あの子は神木の巫女のものだからね
彼が人柱であると口にした、この世界の住人のひとりである妖の言葉を思い出す。
――生前は人柱として恋人共々橋の彼方此方に離れ離れ、魂魄になってからも恋人は先に神木へ送られてセカイになっちまってさ
「ねえ!」
男の後を追って石階段を登りつつ、円は声をあげる。
「それでいいの?」
「なんや」
「人柱って、死んじゃうんだよね?」
「まあ、ゆっくりな。神木の虚に入ってな、神木と繋がんねん。何十年とかけて記憶と魂が神木に溶けてくんや。人柱なっても、しばらくは話せるんやで」
のんびりとした口調で話しながら、男はふと記憶を探るように鳥居に覆われた空を見上げた。
「失いたくない記憶が多ければ多いほど、セカイに溶けきるまで時間が掛かる。……あいつは十年ほどかかったわ」
円は石階段を駆ける。男の着物の裾を掴む。
「なんや、どないした」
「それで、いいの?」
「ええも何も、……待ちかねとったわ。神木と繋がる時にな、前のヒトバシラがセカイの底から神木まで浮き上がって来るよって」
「恋人と会える?」
「……あいつのことも聞いてたんか」
面のない顔で、日暮は晴れ晴れと笑う。
「それにな、わしが行かんと神木枯れてセカイ滅ぶで。神木はまだ数あるよって、一発で滅んだりはせえへんし、カンナが大わらわで次のヒトバシラ連れて来るやろけど。それでもこの辺り一帯の奴らは居らんなるやろな。九割死んで、一割他のセカイやら場所やらに逃れ果せて、てとこやろか」
考え考え言葉を紡いで、ひょいと首を階段下へと巡らせる。十数段の間を空けて、黄昏の町に住む人外の妖たちがぞろぞろと登ってきている。
「わざわざ見送りやて。ありがたいこっちゃ。カンナはな、下の舞台で神楽舞うとる」
行ってみ、と指を伸ばして示す。
「こないなとこであんたに会うとは思てなかったな。つくづく奇縁や。……せや、ここがいつか滅ぶようなことあったら、生き残りは縁のあるあんたらのセカイに逃げおおせられたらええなあ」
「上は」
「うん?」
「階段の、上は?」
「神木があるよ。今日は霧も出とらんよって、大きい木ィ見られるで。神木の虚はわし以外入れへんよって、あんまし面白いないで」
いつも通りの詰まらなさそうなやる気のなさそうな口調で、それでも丁寧に説明していた日暮が、不意に口を閉ざした。ちらりと首を傾げ、石階段の上を見遣る。
つられて見上げた円が見たのは、階段を駆け下りてくる、
「あれは――」
着物纏った少女の姿した『隠れ鬼』、
黒い大犬のかたちした『走り鬼』、
長い手足と巨躯持つ『高鬼』、
ひらりとした小鬼の影のかたちした『影鬼』、
『鬼』と呼ばれ、この世界の住人たちの記憶を奪い、神木へと運ぶことを務めとしている異形のものたち。
「迎えに来た、とか?」
「鬼が来たりはせん、こらえらいこっちゃ」
『鬼』たちの迫る階段上方と、街の住人たちの集う下方を交互に見遣り、日暮が慌てる。『鬼』たちに気付いた住人たちがけたたましい悲鳴をあげる。下界に逃げようとするものと立ち向かおうとするものとで、朱の鳥居に左右も空も押し包まれた狭い通路は混乱に陥った。
慌てる日暮と咄嗟にファイテングポーズを取るボクシング部の円の前、四つん這いに階段を降りて来ていた高鬼が神木への道を塞いで動きを止める。
「何でや」
呻く日暮の脇を過ぎ、少女と大犬と影の小鬼とが物の怪たちに襲い掛かる。
「神木の鬼共を操ってまで、何でわしを拒むんや」
悲鳴じみて叫ぶ日暮の言葉に反応してか、額に小さな角持つ少女の鬼が立ち止まった。少女の姿に反して、臈長けた女の声がその唇から発せられる。
「巫女も、皆も、死んでしもたらええんです――こんな、セカイ」
「カンナ殺したらわしはヒトバシラや無うなる、おまえともひとつになれんなってしまうやないか!」
立ち尽くす日暮に哀しい一瞥だけを残し、少女の鬼は背を向ける。妖たちに影の牙や爪をたてる影鬼と走り鬼とを追う、その白い手には袂から取り出した小刀。
「お兄さん!」
日暮の袖を円は引く。
「来るよ!」
階段の上方、異様に長い手足を鳥居に絡め、高鬼が吼えた。
同時に背後に悲鳴が上がる。振り返る円の視界に写るのは、思いがけず素早い動作で鳥居に飛び移る少女の姿した『鬼』の姿。鳥居を駆け、少女の『鬼』がひとり、階段の下へと向かう。
神木の巫女たる少女を殺すべく。
こんにちは。阿瀬 春と申します。
今回は、細々と続けさせて参りました『その向こう』シリーズ(?)のひと段落となるお話へのお誘いに参りました。(リンク先は直近のものです)
よろしければ、日暮と名乗る面の男の最期におつきあいください。
ガイドには桜庭 円さんにご登場いただきました。
ありがとうございます。
ご参加いただけます場合は、ガイドに関わらず、ご自由にアクションをお書きください。
さて。
今回は、常時黄昏な不思議な町に騒動が起こっています。
気が付いたら石階段を妖たちと登っていた、でも、階段下で神木の巫女の神楽を眺めていた、でも、スタート地点はどこでも構いません。
ご参加頂けます場合は、何を思い、何処へ向かわれるか、向かわれた先でどういった行動を取るか等々をお教えください。
■朱の鳥居の石階段
神木をある意味『乗っ取った』先代のヒトバシラにより、神木の鬼たちが暴走状態にあります。
いつもは妖たちからひとつずつ記憶を奪うはずの『鬼』たちは、今は妖たちの持つ記憶を全て奪います。記憶を奪われた妖たちは消滅します。
少女の姿した『鬼』に、先代のヒトバシラの意思が宿っているようです。
■鳥居の下の広場
人外の町の住人たちが、カンナと名乗る神木の巫女が今しも神楽を舞い続けている能舞台を囲んで酒盛りがてら眺めています。
が、階段から鬼が下りて来て妖たちを襲えば、襲われた彼らは己の記憶の全てを奪われ消えてしまいます。
神木の巫女であるカンナが死ねば、町一帯が滅びの危機に陥ります。
○日暮について
現ヒトバシラである日暮は、神木にまでどうにか辿り着くつもりでいるようです。先代の力を借りずに神木のヒトバシラとなり、先代ヒトバシラを鎮めたいと考えています。
神木の巫女カンナやヒトバシラである日暮についての事情は、辺りを右往左往している妖たちに聞けば知ることができます。
カンナが死んだり、ヒトバシラがヒトバシラと成りえなかった場合は、妖たちの住む黄昏空の町は遅かれ早かれ崩壊の一途をたどります。そうなりますと、寝子島に妖たちの生き残りが逃げ込んだり、挙句騒動を起こしてしまったり、なことになるかもしれません。
結末はいくつか想定していますが、どこにどう転んで落ち着くかは皆さま次第です。
ちょっとごたごた気味ではあるのですが、初めましての方もいつも来てくださいます方も、どなたも大歓迎です。もしよろしければご参加、お待ちしております。