それは誰かの夢だろうか。
深い眠りの中、海の底へ落ちていくような感覚と共に意識が次第にはっきりとしていく。
誰かが海の底にいる。
それは黒い髪をした少女であった。
その少女にぶつかる様にして、意識は再び溶けていく。
◆
次に気が付いた時、
篠原 翠響、
灯 斗南は自分の目線が自分のものでない事に気が付く。
異形の片腕に黒い衣装。
そして、自身は血だらけであった。満身創痍といった風が妥当なものだろう。
身体中の痛みに耐えるその少女の心が篠原と斗南へと伝わっていく。
(たかが人間風情に……ここまで……くっ)
誰かと戦った後なのだろうか。それとも一方的な攻撃か。
現状では篠原にそれを判断する事は出来なかった。
だが斗南だけは気づいていた。
この少女が自分と戦った、あの少女……『イザナ』であることを。
黒い少女はよろよろと歩きながら花畑を血に染めて横断していく。
手近な木の幹に背を預けると彼女は腰を下ろして一息ついた。
「この世界の者ではないでしょうね……全く、あんな奴らが異界から来るなんて……」
そう呟く彼女の視線に一人の女の子が映る。
それは花を摘みに来た少女の様でイザナを見つけるやいなや少女は駆け寄ってきた。
警戒し、攻撃の姿勢に移行しようとしたイザナであったが、全身に走る痛みがそれを行う事を阻んだ。
「あ、あの! 酷いけがです……だ、大丈夫ですか!?」
「…………大丈夫に見えるわけ? 人間ってつくづく馬鹿よね」
「そ、それじゃ手当てしないと!」
ごそごそと薬を取り出しイザナの傷口に塗っていく少女を跳ねのけようとするが、やはり体の痛みがそれをさせてくれない。
イザナは思う。
(特に害をなすわけでなし。放っておけばいいか)
イザナは自分に手当てをする人間の少女を放っておくことにした。
やりたいのなら好きにさせればいい。
どうせ、人間などすぐに殺せるのだから。
◆
翌日。
同じ場所で休み続けるイザナの元へ少女は食料を持ってきた。
バスケットに入っていたのは、簡素な焼いたパンとチーズ、そして木の実が少々。
「怪我をしている時はやはり食べないといけません。いっぱい食べて、元気になってくださいね」
「…………」
当初、特に興味がなかったイザナであったが、初めて見る人間の食料というものに興味が湧いたのかバスケットを覗き込む。
そしてそこにあったパンを異形の手で掴むと口に放り込んだ。
「ど、どうですか……?」
じーっと見つめられ、感想を求められたイザナは仕方がない様に一言答えた。
「……悪くないわね」
「良かった! まだありますから、どんどんおかわりしてくださいねっ」
その言葉に満足そうに笑顔を浮かべた少女の顔をみて、イザナは自分の心に感じた事のない感情が湧いてくることに気づいていた。
しかし、真に人と接する事がなかった彼女にはその心が何なのかわからない。
だが彼女の中にいる篠原と斗南はその感情に気づくことができた。
それは――――『安らぎ』であった。
◆
それから幾度となく少女はその場を訪れ、イザナに色んな話をした。
山菜を取りに言った話、蛇にびっくりした話、村の面白い人の話。
イザナにはその少女が話す全てが知らぬことで新鮮なものであった。
そんなある日、二人の元を大勢の村人が訪れる。
その手にはクワや鉈、質素な槍が握られていた。
「お前か……村の近くにいる化物って奴は!」
「みろ、あの大きな片腕。やっぱり化物に違いねえ!」
「見た所、手負いのようだ……今のうちに殺しちまおうぜ!」
人間達はそういうと、イザナに向かって襲い掛かる。
(やはり、人間は人間か……あの子もきっと……)
攻撃しようと身を起こしたイザナの前にあの少女が立ちはだかった。
彼女はイザナを守る様に腕をいっぱいに広げて村人達の武器に貫かれたのである。
「へへ、だ、大丈夫?」
「馬鹿、お前……私はそんな武器で怪我なんて……しないのに!」
「いいの、だって怪我……せっかく治りかけてるんだもん。また怪我しちゃ、ダメだよ」
「でもお前が! お前が……」
「ごめんね……こんな事しかできなくて……また、一緒に、ごは……ん……食べたかっ……」
「ダメよ、目を開けて! 人間!」
イザナの腕の中で冷たくなっていく少女を見て村人達は言った。
「馬鹿な小娘が邪魔しやがって! 化物の味方に付くからこうなるんだ!」
「死んで当然だな、そんな奴!」
その時、イザナの心の内にどす黒い何かが湧きあがっていくのを彼女の内からみている篠原と斗南は感じ取っていた。
それは濁って、黒く、黒く、渦巻いていく。
それは……『憎悪』だった。
「はは、あははははははははッッ! 皆殺し、皆殺しにしてやるッ! 人間どもォォーッ!」
立ち上がったイザナは異形の片腕を振り上げ、村人達に襲い掛かるのだった。
弾き出される様にしてイザナの中から出てきた篠原と斗南は自分の身体がしっかりとそこにある事を自覚する。
夢の中ではあるが、ろっこんは発動可能なようだ。
二人は目を合わせると、イザナを止める為に走り出す。
イザナを命を捨ててまで守ったあの少女は、今のイザナの行いをきっと望んではいないのだから。
お初の人もそうでない人もこんにちわ、ウケッキです。
マシナリアのサイドストーリーとなりますが勿論、参加した事ない方も歓迎でございます。
今回のお話ですが。
夢の中で過去の記憶を追体験しているということになります。
ですので、夢の中に登場する人物として場に立つことができます。
村人を止めるもよし、イザナを止めるもよしです。
下記の情報は夢の中なので、説明なしに既に知っている、感じ取っているという扱いで問題なしです。
◆場所
村の郊外の森の中です。
開けた場所になっており、一面に背の低い花畑が広がっています。
◆戦力
イザナ
:手負いですが怒りで我を忘れている為、攻撃されても怯むことがありません。
異形の片腕による殴打、爪による斬撃、手の平からのレーザーの様な雷撃に注意が必要です。
村人
:農耕具のクワや鎌、質素な槍等で武装した村人です。
普通の一般男性程度の力しかありませんが数が多く、囲まれると苦戦を強いるかも知れません。
ろっこんはいつも以上の効果を発揮する可能性があります。アドリブもあります。