クリスマスソングが鳴り響く中、雑貨店『天動商店』の店主である
天動 記士郎は、店の中からぼんやりと、窓の外を眺めていた。
まだ16時を過ぎた頃だというのに、既に日は殆ど落ち、あたりはゆっくりと紺色に染まり始めている。
店内に視線を戻し、記士郎はマッチを点けると手元の古びたランプに火を灯す。
ほんわりと、オレンジ色の柔らかい光が店を包んだ。
その時だ。
記士郎はなにか、違和感を感じた。
店内をゆっくりと見渡してみる。
売れずに残り続けている健康器具。一体いつ流行ったのか、もはや思い出すことも困難な不思議な玩具。最近集めだしたアルパカさんグッズ。
そして、猫。
猫の置物に、数十匹の猫のぬいぐるみ。猫のハンカチに猫のタオル。猫そのものが描かれたものもあれば、肉球がたっぷりと描かれたものもある。本物そっくりの手触りを実現した肉球クッションは、たまに記士郎自身が使いたくなる心地よさだ。
(……気のせいでしょうかねえ)
いつもと変わらない店内。
少しも客の訪れないこの店に、変化などあるはずもなく――……?!
記士郎はがたりと音を立て、数歩、後ずさる。
数十匹の猫のぬいぐるみ。
その中の一匹が動いたのだ。
記士郎は茶色い瞳を数度こする。
だが気のせいではなかった。
サンタ服を着た猫のぬいぐるみが、記士郎の目の前で思いっきり、伸びをしたのだ。
黄色い瞳をぱちくりと瞬きし、記士郎ににこっと微笑んだ。
「今晩はにゃ~。ニャンタクロースなのにゃ~」
「にゃ、ニャンタクロース? な、何が起こっているんでしょうかねえ」
記士郎は、自分は大丈夫だろうかと不安になった。
それはそうだ。猫のぬいぐるみがいきなりしゃべりだしたのだから。
だがよくよく見れば、ぬいぐるみのようにふわりと愛らしい、本物の猫がサンタ服を着てしゃべっているのだ。
ぬいぐるみであれ本物の猫であれ、どちらにせよ言葉を発するのは異常事態なのだが。
「クリスマスシーズンだから、猫たちの願いを叶える為にやってきたのにゃ」
てくてくてく。
ニャンタクロースはぬいぐるみが飾られていた棚からぴょーんと飛び、記士郎の肩に飛び乗った。
「わたしは猫ではありませんが」
ニャンタクロースを落とさないように、咄嗟に抱きかかえる記士郎。
手のひらに伝わるニャンタクロースの暖かさが、これは夢ではないと告げていた。
「それは言われなくても分かっているのにゃ~。記士郎さんには、お手伝いをしてもらいたくて、お願いにきたのにゃ」
「手伝いですか。わたしの名前はもうご存知なんですね。そんな不思議なあなたの手伝いをわたしに出来るとはあまり思えませんが」
「そんなことないのにゃ。この時期のニャンタクロースは人の手も借りたい忙しさなのにゃ」
「お一人、いえ、お一匹でプレゼントを配っているのですか」
「違うにゃ。ニャンタクロースは一杯いるにゃ。でも願いを求めるお猫様たちも世界中にいーっぱいいるにゃ」
「そうですか。具体的に、わたしはなにをすればよいのでしょう」
あまりの異常事態と、ニャンタクロースの愛らしさに、記士郎はなんとなく事態を受け止め始めてしまっていた。
もともと、猫雑貨を多量に仕入れるほどに猫好きなのだ。
猫姿のニャンタクロースを無下にはし辛かった。例え現実離れしていても。
「手伝ってくれるかにゃ? 嬉しいのにゃ。そしたら、まずは残業中のサラリーマンを応援に行くにゃ」
「猫のサラリーマンですか」
「違うにゃ。人間のサラリーマンにゃ。この時期は年末進行という恐怖の連日残業デーなのにゃ。辛いことなのにゃ」
言いながら、ニャンタクロースは泣きまねをする。
「あなたは猫のためのサンタクロースだから、ニャンタクロースさんですよね。なのに人を手伝うのですか」
「人を手伝うことが、猫たちの願いを叶えることにも繋がるのにゃ。例えば、この時期毎日一人で寂しく飼い主を待っているお猫様。飼い主の残業が早く終わって、一緒にいられる時間が増えれば幸せなのにゃ。
野良お猫様もそうにゃ。人間が幸せで、心も財布も裕福だと、美味しいご飯を毎日もらえるにゃ。いいことにゃ。最高の考えにゃ~」
えっへんと、ふわふわの毛に包まれた胸をそらすニャンタクロース。
貧しくてクリスマスを祝えない家庭に、ケーキをプレゼントしたりするのもいいかもしれないにゃ~とも言う。
「そうですねぇ。せっかくのクリスマスシーズンです。クリスマスでもお仕事とか……何かの事情でクリスマスができないこともあると思います。
でも、ほんのちょこっと、そういう人にもささやかな小さな奇跡が起こってほしいですね。それにわたしがかかわれるのならば、なおのこと」
にこーっと猫口を綻ばすニャンタクロース。
一人と一匹は、早速、困っている人々を助けに、夜の寝子島に繰り出した。
「あれは、なんだろ~?」
桜庭 円は、愛猫のにゃーくんを抱っこして、首を傾げる。
彼女の赤い瞳には、サンタ服を着た猫が二足歩行でてくてくと歩いていく姿が映し出されていた。
サンタ服を着た猫は、円に気づく事無く、そのまま旧市街の路地裏に入ってく。
にゃーくんと顔を見合わせる円。
(くっついていってみるんだよ)
にゃーくんにしーっと合図して、円は不思議な猫の後をついていく。
そうっとそうっと。
にゃーくんのように見事な猫足で、円は音を立てないように気をつける。
どのくらい歩いただろう?
路地裏の突き当たりにたどり着いたサンタ服の猫は、そこでくるりと振り返った。
慌てて路地裏の電柱に身を隠す円。
「桜庭円さん。僕はニャンタクロース。僕の話を聞いてほしいのにゃ」
サンタ服を着たニャンタクロースは、真っ直ぐに円を見ている。
「見つかってたのか。残念なんだよ。あ。むしろ何でボクの名前知っているの?」
観念して、円は電柱の影から出る。
日本語を話していることに驚きはしなかった。
だって、二足歩行の猫が普通のはずがない。
「うんうん、素直な女の子は大好きにゃ。猫好きな女の子はもっと好きにゃ。ニャンタクロースは猫好きな人の名前は全部言えるのにゃ」
大きくうなずいて、ニャンタクロースはぴょーんと飛ぶと、円との距離をつめる。
「円さんにお願いがあるにゃ。寝子島の猫たちの為に、人間を幸せにするお手伝いをして欲しいのにゃ」
そう言うと、ニャンタクロースは記士郎に話したこと似たような事を語り始めた。
記士郎のところを訪れたニャンタクロースとはまた別のニャンタクロースなのだが、思いは皆一緒らしい。
「猫のためのサンタクロース、つまりニャンタクロースさんかあ。ボク、一度会ってみたかったんだよ」
猫っぽい釣り眼を好奇心一杯に輝かせ、円は頷く。
腕の中のにゃーくんもどこか嬉しそうだった。
「人を助けるっていうけれど、猫をそのまま助けるのもありなのかな?」
「もちろんニャ。困っている人と猫を助けてもらいたいニャ」
「助けたい人や猫はもう決まっている?」
「うんうん、リストがあるニャ。リストに載っていなくても、助けてくれればそれでいいのニャ」
「じゃあとりあえずはリストを見せてもらおうかな。ボクでも読める?」
「大丈夫。人間も読めるニャ」
ニャンタクロースが懐から分厚い本を取り出した。
肉球マークがついたそれは、中を開けるとこれまた大小さまざまな肉球が描かれていて、それが文字らしい。
「ほんとだよ。肉球なのに意味が分かるんだよ」
円は目を丸くする。
「それでは、一緒に出発ニャー!」
「おー!」
ニャンタクロースと一緒に掛け声を上げ、円はにゃーくんを笑顔で抱きしめた。
はい、こんにちは。
今回は天動 記士郎さんと桜庭 円さんのお願いを採用させて頂きました。
ニャンタクロースとともに、寝子島のみんなを助けてもよし。
残業でぐったりしているところを、ニャンタクロースたちに助けてもらってもよし。
助ける側、助けられる側。
また、突然ニャンタクロースに遭遇して混乱する一般人さんなどももちろんありです。
ニャンタクロースはちょっとした魔法を使うことができます。
人助けになることであればアクションで指定できますが、
影響が大きいことやニャンタクロースの思いに反することではうまくいきません。
自分が出逢ったニャンタクロースの容姿や性格などは、ある程度アクションで指定できますが、
特にこだわりがなければ、こちらで見繕いますので記入不要です。
皆様のほのぼのなご参加をお待ちしております。