アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

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　白い手が提げている袋の中には、色鉛筆が入っている。
　キャットストリートで買い物をした帰り道、桜月は夜の街を一人歩いていた。
　紫外線に弱い月は、日中出歩くのが難しい。活動するのは専ら夜である。
　今日は天気が良いので、買い物がてら散歩に出かけたのだった。
　途中で購入したドーナツを口に運びながら、夜空に浮かぶ星々を見上げる。
　口いっぱいに広がる甘みと共に覚えるのは、少しばかりの罪悪感。物を食べながら歩くというのはけして行儀の良いことではない。
（でも、たまにはいいだろう）
　その罪悪感さえ、少しのスパイスとなる。楽しげに微笑みながら、月は空に瞬く星を眺めた。
　ドーナツをもう一口、齧ったところで背後の気配に気付く。
「何だ？」
　先程まで、自分の周囲に人気はなかったはず。ドーナツを食べる手を止めると、月は足を速めた。
　それでも気配が無くなることはない。月の後ろをぴったりとついてくる。
　得体の知れない気配に、焦燥感がじわじわと積もっていく。
　歩む速度はどんどん速く、早足というよりは半ば駆け足のようになるが背後の気配は消えない。
　それどころか、気配は強くなるばかり。
　一筋、月の肌を冷や汗が伝う。
　胸を焦がす焦燥感と、増大していく冷たい恐怖。胸のざわつきは治まらない。
（誰だ？　何だ？　何故、私の後ろを？）
　心に浮かぶ疑問に答えは見つからない。
　振り返ってしまえば解決するのかもしれないが、怖くてそれは出来なかった。
　
　歩みはいつしか全力での駆け足に、背後の気配から距離をとろうと懸命に走るが、離れる様子はない。
　元々運動は得意ではない、月の体力は限界を迎え始め、息が上がってきた。
　酸素を取り入れようと呼吸をする度、喉がひりついて痛みが走る。
（とにかく、離れなくては……もう少し、少しだけでも……）
　自分に言い聞かせながら、もつれる足を動かしていたがついに限界が訪れた。
　体が言う事を聞かず、月は荒い呼吸を繰り返しながら立ち止まる。
　背後の気配はすぐそこ。体力も尽き、もう逃げることは出来ないだろうと月は覚悟を決めて振り返った。

　その赤い瞳に映ったのは、真っ黒な影。
　月のろっこんで実体化した、自分の影だった。
　何をするでもなく、影は月の傍にじっと佇んでいる。
「なっ何だ……」
　ここまで恐怖を煽られた存在は自分の影だったと知って、月は気の抜けたような声をあげた。
　呼吸を整えながら、軽い笑みを浮かべて自分の影を見つめる。
「偶に勝手に出てくるよな。まあ、良い月夜だし一緒に見たくなったのかな？」
　強く念じていないのに出てきた自分の影に問い掛ける。
　影は月の言葉に答えないが、きっとそうなのだろうと納得して月は乱れた髪を軽く手で梳いた。冷え冷えとした月の光に白い髪が照らされている。
「周りに人はいないし、このまま一緒に帰ろうか」
　影がこくりと頷いた……気がした。月は、星ヶ丘寮に向かってゆっくりと歩き出す。
　ドーナツを口に運ぶと、体に溜まった疲労が抜けていくような感覚がした。
「疲れた時には、やはり甘いものだな」
　恐怖を感じ、全力疾走をしたことで疲労もしているが、たまにはこんな出来事もいいのかもしれない。
　影がどことなく嬉しそうに見えたのは、月の気のせいだろうか。
　帰ったら月夜と影をイメージしたデザイン画を描いてみてもいいかもしれない。月と影の二人は、並んで夜道を進み始めた。