アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

■
「一人で夜の散歩をする計画を今日こそは……今日こそは実行したいよ。日本にいる間にしか出来ないことだもの」
　プリティヴィ・プラサードは窓の外を見遣る。意思を固めると、胸が期待にどきどきと高鳴った。
　晩御飯を食べていつもより早めに風呂に入り、散歩の準備は完了。体も温まっていることだし、しっかり防寒をして出かければ風邪を引くこともないだろう。
　こっそりと星ヶ丘寮を抜け出して、プリティヴィは星空を見上げながら秋の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
　青い瞳は初めての体験に、キラキラと輝いている。
母国であるインドでは治安が悪く、女子供が夜に出歩くなど出来なかった。大切に育てられたプリティヴィは、一人で出歩くことすら稀である。
「それでは、出発しましょう！　躊躇わず突き進むのみ！」
　夜の寝子島は、昼とはまた赴きが違っている。静かな虫の音や、道路を照らす街灯。どれもが、プリティヴィにとって新鮮な風景だった。
「～～♪」
　星が瞬く空を見上げて、故郷の歌を歌ってみる。静かな夜に、プリティヴィの歌声は吸い込まれていくようだった。
　歌を歌いながら、ふらふらと行く当てのない散歩を続ける。

「わ……っ！」
　途中、プリティヴィのろっこんが発動し金具の軋む音をさせて古い洋館の窓が開くと、プリティヴィは思わず声をあげて立ち止まった。しかし、慌てることはない。
　日本の治安は良いのだと信じきっているため、突然開いた窓から不審者が出てくるかもしれないなどとは、思いもしない。
　突然開閉する窓や扉は夜の散歩に対する胸の高鳴りや緊張を倍増させるが、恐怖は全くなかった。
　背後に感じる気配に対しても、自分と同じ方向に向かう人がいるのだろうと思うだけだ。
　確認することもせず、プリティヴィは突き進んでいく。
「もーみーじー、なぜ泣くのー、もみじはあーまーいー、おーいしい餡子が入ったかーらーよー」
「……もみじ饅頭？」
　いつか耳にした童謡を、うろ覚えで歌うプリティヴィの後をつけていたソワカが、つい突っ込みを入れる。
　ソワカは慌てて身を隠し、プリティヴィに見つからないようにやり過ごす。
　プリティヴィは振り返るが、誰もいないことを確認すると再び歩き出した。恐怖や怯え、焦りを感じている様子は全く見られない。
　時折、勝手に開く扉に驚いたりインドの舞踊のような動きをしてみたり……傍から見たら、プリティヴィの様子は少し、挙動不審かもしれない。プリティヴィは人目など気にせず、異国の夜、初めて一人で散歩をする、という行為を純粋に楽しんでいるだけなのだが。
　何か危ないことが起こるかもしれないなどとは露ほども疑わず、夜闇の中を歩き続ける。
「……おおっと、そろそろ大通りに近付いてきますね。退散退散、っと」
　プリティヴィの足が、人通りの多い大通りへ向かい始めたのを見て、ソワカは場所を移動する。
　いつの間にか背後の気配がなくなっていたこともプリティヴィは気にせず、コンビニを眺めていた。
「噂には聞いていたけれど、本当に二十四時間やっているなんて……」
　故郷にはない、二十四時間営業の店に驚きの声を漏らす。昼と変わらず営業を続ける店舗にカルチャーショックを受け、驚きに目を見開きながら足を止めてコンビニを眺める。
　数人の人間が買い物を済ませて出てきたり、車が止まったり……故郷ではけして見られない風景である。
店に近寄ると、自動ドアが開いてプリティヴィを迎え入れた。
「せっかくだから、今日の記念に何か買い物をして帰るべき！　ちょっとお腹が空いたから……何か軽いものでも」
　初めて一人で夜に出歩くという体験は、プリティヴィにとって刺激的なものだった。
　日本に滞在している間、また散歩をしよう。もちろん、夜に一人で。次はどこに行こうかと、考えるだけでプリティヴィの心が躍る。