寝子電、ラッピングコンテスト！｜リアクション

寝子電、ラッピングコンテスト！

●迷う心と、かわいいがいっぱい

　夕食後、築６０年の猫鳴館の廊下をぎしぎしと軋ませながら、遠矢護は自室へと向かっていた。
　切れかけた電球の周りを、羽虫が二羽、衛星みたいにぶわぶわと飛んでいる。廊下は羽虫の影で明るく暗く揺らいでいる。その上、後木真央の部屋からぐへぐへと漏れ聞こえてくる奇声に近い笑い声が古い館をより奇怪に見せていたが、そんなあれこれは日常茶飯事過ぎて、護は気にも留めなかった。

　護はこの猫鳴館の住人である。が、幸いなことにあまりその色に染まっていなかった。纏う雰囲気はやわらかく穏やかで、趣味はぬいぐるみ作りや編み物。いわゆる『女子力高い系男子』だ。
　そして今このとき、彼の思考の大半は、寝子電ラッピングのことに割かれていた。
　誰が貼ったのか、色褪せたポスターが目に留まる。
　ポスターの中で入道雲をバックに「イエイ！」と親指を立てるサンマさん。
　サンマさん大好き、と護は微笑む。
「寝子島と言ったらやっぱりサンマさんと猫さんかなー」
　そう口に出した途端、寝子電をサンマさんでいっぱいにしたい衝動が湧き上がってくる。
　自室に戻った護は、さっそくパソコンに向かい合いはじめた。

「サンマさんは前にマスコットを作ったとき一生懸命描く練習をしたから、その時のデータがあるかも……」
　目当てのデータはすぐに見つかる。
　電車のアウトラインも取り込むと、それらを画像処理ソフトで開き、サンマさんを増殖させてゆく。
　少しずつ拡大縮小したり角度を変えたりしてあっちにもこっちにも……いつしか画面の中は陽気なサンマさんでいっぱいだ！
　たくさんのサンマさんの丸い目がこちらを見つめていることに気づいた護は、我に返って手を止めた。
「あれ……サンマさん多過ぎたかな？　ホントのサンマさんは１匹……１人？……しかいないのにこれでいいかなあ。でも１人じゃさみしいし……うーん、うーん」
　しばらく唸っていたが答えは出ず、その上、増えたすぎたサンマさんより優先すべきことを思いだす。
　猫だ。
　猫のことを忘れていた。
　いそいそとサンマさんたちと肩を並べるニコニコ顔の猫を描く。
　ところが、かわいい猫が描けたにも関わらず、護はまた「うーん」と自問自答しはじめた。
「サンマさんと猫さんが仲良くしてるのはどうなんだろう……シュール？」
　シュールといえばシュールである。なにしろ猫と魚は捕食者と被捕食者なわけだから。けれどそれは、まあいっか、とほっといて先に進むことにする。そのあたりは、さすがの護もちょっと寝子島に染まってきているのかもしれない。
　あとは……。
「海と山かなあ？」
　青い空、青い海、海の向こうに富士山、手前に緑の九夜山……。
「九夜山といったらロープウェイか。ロープウェイってどんな形だっけ？」
　パソコンで検索する。すぐに答えが出る。便利である。
　ふむふむなるほど、と真っ赤なゴンドラを描いて、護はまたまたうーんと腕組み。
「なんだか色が全体に地味かな……」
　あっ、そうだ！「虹」を入れよう！
　そう閃いたのは、学内が体育祭の準備で盛り上がりつつあったから。
　護が描いたのは、寝子島を見守るかのように大きなアーチを描いた七色の虹。
　気付けば画面の中には、明るくて愉快な寝子島がそっくり表現されていた。
　もう完成と云ってよかった。しかしなお、一筋跳ね上がったやわらかい髪の毛は右へ左へ揺れ動いている。

「う、うーん、なんだかごちゃごちゃし過ぎちゃった気もするけど」
　護の心は大波に揺れる小舟のよう。
　ぶわっと盛り上がったり、しゅんっと迷ったりする自分に繰り返し揺られながら、前に進む。
　そう、ひとは、小さな決断を繰り返して進むしかないのだ。
　ちょっとヤケクソ気味に笑顔を作ると、護は『印刷』ボタンをクリックする。
「これ以上どうしたらいいか分からないし、これで行っちゃえ、GOGO！」