●「トリ麺ナーレ」（蕎麦屋『すすきの』/ラーメン店『猫島軒』/うどん処『またたぎ亭』）


　1年4組の麺屋実家持ち幼馴染3人娘の合同企画が“トリ麺ナーレ”である。
　『トリ麺』だけに『鳥』をテーマに、それぞれが一品ずつ鶏に関するメニューを考案して、持ち寄っている。

　■トリ麺ナーレ　スペシャルメニュー表

　・蕎麦屋『すすきの』の『トリ南蛮』（考案：薄野 五月）

　蕎麦に鰹節や昆布などで出汁を取った醤油ベースのつゆを掛け、その上に鶏肉と長ネギを乗せました
　鶏肉は食べやすいサイズに切り、醤油ベースのタレにつけて焼いています
　長ネギも手ごろなサイズに切り、焦げ目がつくくらい焼いてあります

　・ラーメン店『猫島軒』の『親子ラーメン』（考案：畑中 華菜子）

　鶏肉のチャーシューと、温泉卵を乗せた親子丼ならぬ「親子ラーメン」
　鶏がらと寝子島の新鮮な魚介を併せた、ダブルスープでコクがあるけど、あっさりとしたラーメンです

　・うどん処『またたぎ亭』の『釜玉うどん＆鶏天』（考案：瞬城 真魚）

　茹でたて熱々の讃岐うどんに生卵を絡め、出汁醤油をかけた一品
　熱々の麺で半熟状態になった卵と、コシの強い麺の食感がたまりません
　更にそこに、大蒜の利いたボリュームたっぷりの鶏天！
　うどんに乗せて一緒に食べてもよし、単体でかぶりつくもよし
　釜玉は普通のかけやぶっかけと違って汁気も少なく、祭を楽しみながらでも食べ易くなってます


　企画を立ち上げたのは、うどん屋の真魚である。しかも共同出店するだけでは張り合いがないので、今日一番売り上げを伸ばした店は、後日下位の二人をお店に立たせるという“罰ゲーム”もあって、三人とも気合が入っている。
　とは言え……。
「うどんも蕎麦もラーメンも、トリエンナーレに来てるお客さん、みんなに食べてもらいたいアル！　麺の事をもっともっと、大好きになってもらいたいアルよ！」
　華菜子が言うように、競争は余興に過ぎない。
　今日の一番の目的は、来場者に美味しく麺料理を食べてもらう事。
　そして「運命の麺」もしくは「麺三姉妹」と、華菜子が呼ぶ三人の仲を深める事にある。
　もっとも、華菜子 曰く「三人は麺という絆で固く結ばれている」ので、今でもとっても仲良しなのだが。


　用意した冷たい麦茶でこまめに水分補給をしていたものの、湯気が立ち上るテントから出ると、一瞬ひんやりと風が頬をなで心地よい。
　五月は深呼吸すると、前を通り過ぎる人々に明るい声を張る。
「トリエンナーレ前の腹ごしらえに、トリ麺ナーレいかがですかー！」
「トリ麺ナーレ？　もしかして！」
　聞きなれた声に振り返ったのは、赤毛の小動物系元気ガール・御薗井 Ｅ セレッソ。
「やっぱり、華菜子チャン！　真魚チャン！　五月チャン！！」
　ぴょんぴょん跳ねながら、両手を一杯に振ってご挨拶するセレッソに、三人も穏やかな笑顔を向ける。
「セレッソちゃん、おはよーアル！」
「ワーイワーイ！　やっぱりだったノ！　大好きな３人が、お店やってるかもって急いで来たノ！」
「わざわざ来てくれたんですね。ありがとうございます、セレッソさん」
「チャオチャオ！　あらたまって言われると、照れちゃうノ！」
「セレッソの元気な顔見れただけでも嬉しいけど、せっかくだから食べていかない？」
「ウン！　えっとねー、えっとワタシ『いつものヤツ』がいいノ！！」
　えへんとすまし顔で言うセレッソに、三人は顔を見合わせる。
　そんな三人娘に片目を開けて、セレッソはペロリと舌を出す。
「……えへへー、一度言ってみたかったノ！！　……三つ全部食べられるとかあるカシラ！？」
「今日は鶏を使ったスペシャルメニューで、おもてなししますよ。でも、女の子には三杯は、ちょっと多すぎるかもしれないですね……」
「スペシャルメニュー！？　ひょっとして、本日限定メニューなノ？」
「そうアルよ、三人でそれぞれ『鳥』をテーマに、メニューを考えてきたアル」
「ワー、華菜子チャンも、真魚チャンも、五月チャンも、すごく頑張ったノ！」
　目をキラキラ輝かせる、セレッソ。
　真魚はメニューと睨めっこするセレッソの前に、そっと麦茶を出していく。
　競争はしているものの、どれが選ばれても本望だ。用意された麺が、どれも美味しい事は、三人娘のそれぞれが知っているのだから。

　そこへ出店巡りをしていた、巫部 紫苑がやって来て、迷う事無くさらりと全品を注文した。
「す、凄いノ……」
　ぽかんと見つめるセレッソの前で、紫苑はあっという間に麺を腹に収めた。これまでにたくさんの出店で、色々食べつくしているなんて、嘘の様だ。本当に、あの体のどこへ消えているのだろう。
「うん、どれも香り豊かでとっても美味しいですね」
「ホント、アル？　嬉しいアル、うちのラーメンは勿論だけど、蕎麦もうどんも絶品だから、気に入ったらまた本店の方にも、足を運んでもらいたいアルよ！」
　三人娘にとって、互いは切磋琢磨出来る良きライバルであり、また共に歩んで行きたい掛け替えのない友でもある。
「ええ、是非」

　最後にテイクアウトに向いた、『釜玉うどん＆鶏天』をもう一杯注文すると紫苑はトリ麺ナーレを後にする。
　抱えた釜玉うどんをすすりながら、ふと受け取ったパンフレットの事を思い出す。
「トリ麺ナーレと言えば……パンフレット、何か挟まってましたね。えっと、とりえ……？　聞き覚えあるけどなんだったかしら？」
　首を傾げながらも、紫苑の脚は自然と講堂へ向くのであった。


　続いて、屋敷野 梢が店を訪れた。
「アルちゃん、お疲れ様ー！　ふふー、お客さん入ってますねー。まあアルちゃんたちの事だから、心配はしてなかったですけどねー」
「梢ちゃん、いらっしゃいアル！　座ってアル」
　華菜子に導かれて、梢はセレッソの隣へ。
「わー、スペシャルメニュー！　気合入ってますねー」
　腕組みする梢に、セレッソはうんうんと頷く。

　そこへまた、ふらりと現れたのは、当てもなく彷徨っていた伊賀 解理である。
「ふむ、ダシのいい香りがするなぁ……ほう、トリ麺ナーレ。面白い事をやっているな、しかしどれも気になって、一つに絞るのが難しい……誰かと、分けて食べれれば……」
「「それいきまショー！！」」
　急に立ち上がったセレッソと梢の二人に同時に指差されて、解理は瞬きした。


　こうして仲良く一杯ずつ注文を受けた、三杯の麺は仲良く三分割されて、それぞれのお腹に収まる事になる。
「本当にどれも美味しいノー！」
　満足そうにお腹をさするセレッソに、華菜子は五月と、ふきん片手に戻ってきた真魚に、それぞれハイタッチ。
「関係ない話ですけど、うどんのお汁に焼きそばのソバをいれても、割と美味しいんですよねー」
「和風のラーメンみたいな感じだろうか？」
「今度試してみるノ！」
　少女達は しばし麺の話、学校の話などで談笑し、そろそろトリエンナーレにエントリーしてこなきゃと立ち上がる。
「そうだな、せっかくだし……僕も見に行ってみよう」
　解理も人の流れに乗って、講堂へ向かう。

「そう言えば、トリエンは何時からだったでしょうか？」
　三人の背中を見送った五月がパンフレットを開き、その拍子にパラリと“カード”が落ちた。
「五月ちゃん！　トリエンナーレ、当たってるアルよー！　急いで行かなくちゃ！！」
「……おや？　私も？」
　一気にボルテージの上がる華菜子に引き換え、五月はどこか狐につままれたような表情だ。
　らしいわね、と真魚は苦笑する。
「華菜子も応援に行きたいって、言ってたわよね？　二人ともここは私に任せて、行ってらっしゃいな」
「まなちゃん……ごめんアル！」
　華菜子が両手をぱちりと合わせて、真魚を拝む。
「あはは、気にしないで。私は声だし応援なんて、ガラじゃないしさ。その代わり ここの面倒はしっかり見とくから、心配しないでいいわよ」
「真魚さん、ありがとうございます。私、トリエンナーレで、しっかりここの宣伝してきますから」
「私はそんな五月ちゃんを、力の限り応援するアル！」
　五月と華菜子がエプロンを外し、真魚がそれを受け取る。
「頑張ってらっしゃい！」
「はい！」
　ぺこりと頭を下げた五月と華菜子が、連れ立って講堂に向かい、その背中が小さくなる。


　トリエンナーレの始まりにあわせて、人通りは少し少なくなったが、駆け込みで食べやすさにまで配慮した、真魚の釜玉うどんが次々に売れて、新聞部の「報道喫茶」前にうどんを手にした見物人が溜まっていた。
　忙しさを乗り切った真魚も、しばしの休憩。




　そうして。
　結果。トリ麺ナーレの勝負の行方は接戦だったが、僅差で真魚の釜玉うどんが勝利を収める事になる。
　後日、うどん処『またたぎ亭』には、旧市街の麺屋看板三人娘が一堂に会するだろう。
　興味がある人は、会いに行ってみてはいかがだろうか？
　きっと三人娘の、愛らしい笑顔が出迎えてくれるだろうから。