妖怪トレペちぎりの謎｜リアクション

妖怪トレペちぎりの謎

　一方、握利平は己のポジションを体育館トイレの警備と決めていた。救いをもたらし、その代償として利平の尻に痛みを刻んでいった紙（アイツ）のことを思いながら、トレペちぎり捕獲に向けてひとり意気込む。

「紙の恨み、尻の無念……
神が許しても、俺が許さねえ！
噂のトレペちぎりめ
必ず正体暴いてやる！」

なぜか珍妙なポエムが出来上がっているが、あくまで彼は大真面目だ。体育館で張り込む利平は、昼間のうちに彼なりの情報収集を行っていた。利平が一番気になったのは、トレペちぎりの行動の『理由』である。彼はねこったーに自分の考察をこう残した。
『犯人には水をぶちまけなきゃならない、トレペを荒らさなきゃならない理由があるとしたらどうだ？』
利平の想像では、トレペちぎりの正体は小動物だった。しかも、水やトイレットペーパーを荒らさずにはいられない状況――苦しんでいる状態にある。自分の想像が当たらなければいい、いっそ迷惑行為を働く悪意ある人間が犯人だったらどんなに気楽か。待つだけの手持ち無沙汰をごまかすため、ねこったーと新聞部掲示板を見る。
「何だってぇ？　紙くれなんて妖怪しらねーぞ？」

　夕暮れが過ぎ、夜が近づく。部活動を終えた生徒が下校を始める時刻となった。北校舎の一階トイレでは、エレノア・エインズワースによる『皮肉な結末』を呼ぶための儀式が静かに行われていた。辺りに誰もいないのをいいことに、男子トイレでも女子トイレでもきっちり同じ準備がなされる。かばんから取り出したティッシュペーパーを丸めては撒き散らす。その上からバケツで水を丁寧に床一面にかけていく。水が落ち、小さなしぶきをあげ、紙に染み込んでいくその様子をエレノアはじっと見つめた。この水を見る行為こそが、彼女の能力に絶対に必要となるもの。余所見をしていてもできるような作業だが、彼女は決して目をそらさない。準備が整うと、仕上げとして『紙くれ』の赤字が浮かぶ新聞紙を広げ、よく見えるように床に置いた。そしてそうっと身を潜める。侵入者によってトリガーが引かれる、その時まで。
「さあ、いらっしゃい。私に最高の皮肉な結末を見せてくださるのは誰なのかしら」

「う～ら～め～し～や……」
　他方平和な南校舎。一階男子トイレの鏡に、不気味な光を浴びた人の顔が浮かび上がる。が、その顔はとても恐怖を呼ぶものとはなりえない、おっとり穏やかな少年のものであった。
「なーんてねぇ。なんだかやってみないといけない気がしちゃったんだねぇ」
自分の顔を明かりで照らした真辺伸幸が間延びした調子で独り言をつぶやく。人気のなくなった男子トイレに椅子を持ち込み、懐中電灯の光を頼りに読書をしながら、気長に事を見届けようというのだった。部室棟はすでに多くの生徒がいるのを見つけたので、彼は校舎のトイレで待つことにした。場にそぐわない椅子にちょこんと腰掛け、手始めに新聞部のトレペ事件まとめを読む。
「ぬーん。俺も聞き込みじゃたいしたことわからなかったのよねぇ」
情報の集積所と貸した掲示板を読み進める伸幸の様子は、いつもと変わらずのんびりしたものだ。
「水びしゃびしゃでトイペでしょー。水があふれちゃうろっこんとかじゃないかねぇ」
うーん、と考えるふりをしてはみるが、あくまでもただのふり。スマートフォンをポケットにしまいこみ、本を取り出して適当なページを開く。
「ここに来たならこいつでなんとかなるかもだし。来なかったらチョーさんも楽だし、俺の読書も進むし、万々歳よねぇ」
と足元を指差す。床には一体どこから持ってきたのか、一応の妖怪対策として目の粗いネットが敷き詰められていた。
「どうなることやらー。お楽しみだねぇ」
思い切り傾げた首と肩で懐中電灯をはさむ、妙に器用な姿勢で本を読み始めた。

――と、その時。
トイレの天窓がかたかたと音を立て始めた。続いて軽いものが着地するような音。
「あんれー？」
音のしたほうを向こうとすると、首と肩に挟んでいた懐中電灯が落ちてがたりと音を立てた。一瞬ライトに照らされたのは、小さな黒い影。光を嫌うのか、ギャアという高い声を上げると、影は再び天窓を抜けて消えた。トイレの照明を点けてみると、ネットには何も残ってはいない。ネットの網目の間には、影からしたたった水滴だけが残っていた。
「何だろねぇ、今の」
伸幸は個室を覗き込んで目をぱちくりさせる。トイレの個室には紙が一つもなかった。
「ぬーん？　今度はトレペ隠し？」
とりあえず電気をつけて、状況を確認してみなければ。伸幸は照明のスイッチに手を伸ばした。

このページにイラストを設定する

妖怪トレペちぎりの謎

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧