【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　今日は買っちゃった、すごくたくさん買っちゃった。
　その日、三夜深夜子は買い物の帰りだった。
　お花見にも興味がないではなかったが、花より団子というよりもさらに、団子より買い物な彼女なのである。
　前が見えなくなるほど大きな紙袋を抱え、顔をホクホクさせている。
　色とりどりのリボンを買っちゃった。勢いあまって大量に。
　手芸店で臨時セールがあったのだ。なんとリボンが全品４割引だ。これで買わなきゃ嘘でしょうというわけで、あれも可愛い、これも可愛いーっとばかりにぽいぽい買い物カゴに入れた結果、
　――衝動買いか私ー！？
　あふれんばかりのリボンを、深夜子は抱える羽目になったのだった。これほど大量のリボン、どこで使えばいいのだろう。実は使い道はまるで考えていなかった。いっそリボン屋でも始めるべきか……？
　買いすぎてハイになっているせいだろうか、深夜子は歩きながら、なかなか前に進めないという感覚に襲われている。
　どんどん行き先が遠くなる。動く歩道を逆行しているような感覚。いや待て、それどころか周囲の壁や家まで大きくなっている気がしてきた……？
　しかし深夜子は周囲の異変より、忽然と眼前にあらわれた少女が気になった。
「どうしたの？」
　うずくまり、しくしく泣いている女の子がいる。どこから出てきたのだろう。
「わたし、さく。桜の精の、さく」
　女の子は言った。
「妖精……？　迷子になったとか……？　そういえば、ここ、どこだっけ？　郵便ポストの前を通ったはずが……」
　その郵便ポストが自分の真横に、天の柱のごとくそびえ立っているのを確認してから、深夜子は妖精に向き直った。
「えーと……妖精さん、リボン、いる？」

　お花見デスヨ！
　桜、ちょうキレーに咲いてやがるデス！
　春であってもハロウィンマスク、オールイヤーカボチャヘッドのキュルビス・ラムズイヤーの登場だ。

　しかし彼女は、決して四季感覚が欠如しているわけではない。むしろ逆でキュルビスは、四季折々の感覚や行事や食べ物を、ちゃんと味わう心を持っているのだ。そもそもカボチャヘッドはキュルビスによれば顔の一部でしかなく、断じて一年中ハロウィンであればいいな、なんて思っているわけでは……ない……わけでも、ない。（『それはそれ、これはこれ』という便利な言葉が世の中にはある）
　好天もあってお花見を敢行したキュルビスであるが、海浜公園や桜川周辺など、わりと定番なスポットを選ばなかった。
　あのビョーインの桜、キレーだっていう噂を聞いたデスヨ。
　というわけで、寝子島総合病院へと向かったのである。知られぬスポットに名桜あり、と意気込んだものの、行ってみればなんと残念、桜の木こそあれひとつとて花を見ることはかなわなかった。
「咲いてネーデス？」
　まさかフライング気味に咲いて早々に散ったという話なのだろうか、とキュルビスが首をかしげたとき、やはり彼女の前にも、さくが訪れ10センチ縮小化の運命も訪れていた。
「ヤヤッ！　なんとも小さくされちまったものデス！　ははあ、これは一寸法師の物語デスネ？　打ち出の小槌！　打ち出の小槌を出しやがれデスヨ！」
「わたし、さく。桜の精の、さく」
　ひょいとさくが顔を出す。
「あっ、この間見た妖精とちょっと似てるデスネ。小さい所トカー」
「さく、さくの木に戻れないの。戻れないと、さくの木、咲けないの。どうしよう」
「困ってるデス？　ちょう困ってるデス？」
「ちょー困ってる。さく、ちょー。だから助けて」
「……うーん、ちょうまで言われては……いや、そうまで言われては、ちょっと断りづらいデスネー。しかしキュルビス、アンマリ役に立てる気がしねーデスヨ」
「あなたも妖精。さく知ってる。ジャック・オー・ランタン」
　ピンポーン、とキュルビスは口で言った。
「それを言われちゃ断れネーデス！　妖精仲間のよしみということで、キュルビス、サクのこと手伝ってやるデスヨ！」
　枯れ木に花を咲かせるのは花咲かじいさんというのが相場だが、花咲かジャック・オー・ランタンがいたって悪いはずがないのだ。ここはひとつ、春のハロウィン花盛りといこうではないか！