みんなで楽しいひなまつり！｜リアクション

みんなで楽しいひなまつり！

　あの、恐ろしい出来事から数週間が経った。

　今でも思い出すと手足がすくむ。それ程に、恐ろしい出来事だった。
　とても怖かったし、心細かった。彼が、助けに来てくれるまでは。
　あの後、一晩中恋人の胸に抱き付いて泣いた。安心出来る人の腕の中にいて初めて、今まで自分がどれ程恐怖を感じていたか知った。彼は、私の気持ちが落ち着くまでの間、仕事もあっただろうにずっと傍にいてくれた。ぎゅっと、私を抱きしめながら。

　彼のおかげで何とか私は立ち直ったが、しばらく仕事に専念してる間に今度は人生の転機を迎える事となり。
　まさか、だった。まさかコスメのイメージキャラのオファーが来るとは。モデルは今年で引退するつもりだったのに。でも、彼にこの出来事を伝えたら、とても喜んでくれた。

　―――これが、城山水樹が過ごした怒濤の数週間。

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　今日、水樹は寝子島図書館で行われる読み聞かせ会に参加していた。彼女はボランティアで読み聞かせもしているのだ。
　うまく感情をのせる語り口の水樹の読み聞かせは評判が良く、今日もたくさんの子供達が目を輝かせて会が始まるのを待っている。今日はひなまつりなので、男の子もちらほらとはいるが、どちらかといえば女の子のほうが数が多かった。
　勿論、今日の題材はひなまつりをテーマにした絵本だ。この日の絵本は、攫われたお雛様の話。悪い鬼によってお内裏様と引き離されたお雛様が、鬼の城を何とか抜け出してお内裏様のもとへ向かうというものだ。途中で勇敢な猫や鳥や犬を旅の仲間にして、鬼の魔の手を潜り抜けてお内裏様のもとへ……。

（なんというタイミングでこのお話なの！）

「むかしむかし、京の都で、お雛様とお内裏様が……」
　水樹は絵本を読み始めたが、どうしても話の内容があの日の出来事とオーバーラップしてしまう。あの、恐ろしい男達。目ばかりがぎらぎらとしていて、鬼のような形相をして私を追いかけてきた……。
　まさに絵本のお雛様のようが出来事を体験してきた水樹は、ついつい朗読にも力が入る。鬼がお雛様を追いかけてくるシーンは鬼気迫るものがあり、子供達も固唾を呑んで水樹の声に聞き入った。
　
「――――そして、お雛様はようやくお内裏様のもとへ帰る事ができ、その後は２人幸せに暮らしました」
　最後の一文を水樹が読み終える。すると一拍置いた後、ワーッ！　と大きな拍手が巻き起こった。子供達は頬を紅潮させながら、「お内裏様に会えてよかったねぇ！」「鬼に追っかけられる所、すっごく怖かった！」と口々に感想を言い合っている。
　その可愛らしい様子を目を細めて眺めながら、水樹は思っていた。
（本当に、こんな目にあったお雛様が目の前にいるって知ったらどう思うかしら？）
　猫や鳥や犬はいなかったけど。勇敢なお内裏様が自ら助けに来てくれた。お雛様も、彼を信じていたから逃げのびる事が出来た。
（彼にもこの話を読んであげようかな）
　私の大事なお内裏様は、今何をしているだろう。水樹の胸に、あの優しい笑顔が浮かんだ。