天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

さらば、私の白魂石

「あらら、取られちまったよぃ。つまらんねえ……だがまあいいさ、石はこれっきりじゃあ無いわけだし。別のを狙うとしようかねぇ？」
「そうですわねぇ、でしたら私もお手伝いいたしますわ。それでは皆さま、ごきげんよう……ふふふ♪」
　言い残し、去っていく瓢と虹子。
　その背をじっと、見送りながらに。
「……どうかした？」
「いいえ。別に。何でも」
　天吏はつまらなさそうに、もはや興味もないとばかり、ぷいと顔を背ける。
「そう……」
　結局のところ、テオにもクローネにも組せず、どっちつかず。なぎさは目を細めて、何かを見通すように、欠片を手に喜ぶ面々をじっと見据えた。

　激しい応酬が繰り広げられた天上の滝からは、いくらか離れたところにて。
「ふ……ふふふ。ついに、ついにやりましたよ……！」
　深縹露草のたゆまぬ努力が、ここに実を結んだ。
　ねこたちに頼み込み、道具や材料を調達。ことに素材となる石には、方々に手を尽くし、天界においても希少な逸品を用意してもらうことができた。その石を叩き、形を整え、研磨し、丹念に丹念に磨き上げ……そしてようやく、完成したのだ。
「ねんがんの　びゃっこんせきを　てにいれたぞ！」
　まばゆく白い、清楚なきらめき。艶やかで滑らかな表面をなぞれば、えもいわれぬ心地良い感触が指に伝わる。
　これこそまさしく、白魂石……！
「本物と違わぬ、この見事な輝き！　我ながら、素晴らしい出来栄え！　惚れ惚れしてしまいマース……」
　そう。言わずもがな、これは贋作である、それも精巧な。芸術を志し、マタ大芸術学科への入学を目指している彼のこと、先ほどにちらと見た本物の白魂石に心奪われ、創作魂を刺激されてしまったらしい……作り上げたのはあまりにもソックリ、だが何の力も持たない、白魂石もどきであった。
「おやおや、こんなところにも石があったのかい？」
「！？　あ、あなたは……？」
　不意に背後から聞こえた声は、瓢。隣では、虹子もふんわりと微笑んでいる。
　丹精込めて作り上げた石を手に、露草はもう少しばかり、警戒すべきではあったのだろう……ふたりの怪しげな佇まいにも、気付くべきではあったのだろう。
　しかし今の彼は、望んだとおりの美しい石を仕上げることができて、ちょっとばかり有頂天になっていた。
「見事な石だねぃ、ちょいとあっしに、見せちゃあもらえんかねぇ？」
「ええ、ええ！　私は今とても気分が良いので、お見せしましょう！　ぜひとも、ええ、どうぞご覧ください！　美しき、白魂石を……」
「ほっほう、なるほど、見事な石だねぇ。じゃ、そういうことで…………こいつはもらっていくよーーーぃ！」
　あっという間の出来事。露草はしばしぽかんとして、事態を把握するのに手間取ってしまった。
　気付いた時には、どこからともなく現れたカラスの群れに乗って、くくく、ふふふという笑いとともに、ふたりは悠々と去っていくところ……瓢の手には、今しがた完成したばかりの、己の全てを込めて作り上げた、あの白い石が輝いていた。
「…………ンＮｏｏｏｏｏｏｏｏｏｏｏｏォーーーゥッ！？」
　盗まれたのが偽物だったのは、多くの人々にとってはもちろん、幸運なことではあった。
　が、少なくとも露草は真っ白に燃え尽き、多大なる喪失感はその胸に、ぽっかりと大きな穴を開けたという。