【終業式】始めようと思ったときが始まり｜リアクション

【終業式】始めようと思ったときが始まり

【終わらない終業式（３）】

　夢宮瑠奈は、現状がどうなっているのか把握しきれておらず、不安で仕方がなかった。
「ねぇねぇ。なんかトラブってるみたいだけど大丈夫かなぁ？」
　とりあえず隣の生徒にそう訊ねてみる。
「へ？　トラブル？　なにかあったっけ？　確かに校長はいつになく荒ぶってるけど……」
「え？　あ、う、うん。そうだよねっ」
　瑠奈は曖昧に笑って適当なごまかしの言葉を並べた。
（あ、危ない、危ない……。『もれいび』じゃない子に変なこと言ったら、かえってフツウじゃなくなっちゃう）
　どうやら切り分けられてない世界で校長の頭を叩くのは想像以上に危険らしい。
（あたしにできることと言えば、極力フツウでいることぐらいかなぁ……）
　それもまた瑠奈の大好きな野々ののこが望む『フツウ』を守ることになるのだろう。
　そう思って、瑠奈は引き続き普通に終業式に参加することで、彼女なりのフツウを死守しようとするのだった。
　

　数分後。
　誰もが勇者の出現を待ちわびていたものの、待てど暮らせど、校長の頭を叩くバ――もとい勇者は現れなかった。
（やむをえん。かくなるうえは、俺が校長の頭を叩くしか……）
　八神修が意を決してこっそりと列を離れ、舞台袖から一気に校長のもとへ走り寄ろうとしたときだった。
（な……！？）
　修の目に信じがたい光景が飛び込んできた。
　反対側の舞台袖から、生徒会監査の海原茂が檀上に姿を現したのである。

　海原茂は、ゆっくりとまだ喋り続けている校長の方へ近づいていった。
「な……！　こら、何をやっとる、海原！　さっさと降りんか！」
　檀上への突然の闖入者に気づいた吉田熊吉のカミナリ声が講堂に響く。
「……」
　しかし、茂はそんな熊吉の言葉は歯牙にもかけず、無言のままスタスタと校長のそばまで歩いていく。
　そして――、

　スパンッ、と小気味の良い音を立てて校長の頭を引っ叩いた。

「……っ！？」
　頭を引っ叩かれた校長は、ブルッと小刻みに震えて、話を中断した。
「失礼。ハエが止まっていたもので」
　茂は眼鏡のブリッジを指で持ち上げながら、しれっとした顔で言った。
「な、海原！　お前、このバカタコがぁっ！」
　熊吉は茂を引きずり下そうと猛ダッシュで檀上に上がろうとするが、そこに志波武道がさっとフォローに入る。
「……あ、く、熊先生っ！　そろそろ時間も押してますし、生徒代表によるスピーチの準備を進めていいデスか！？」
「……っ！？　あ、ああ、それは構わんが……」
　熊吉は強面だが、愛情溢れる先生なので、生徒に話しかけられると無視できない。
（……志波先輩、ナイスアシストです！）
　その隙に、八神修は舞台袖から飛び出し、校長にそっと声をかけた。
「校長。そろそろお時間です」
「……ん？　あ、そうね。じゃあ、みなさん、チャオ☆」
　校長は素直に頷くとそこで話を切り上げて、マイクを修に差し出した。
　修はマイクを受け取ると、茂に頷きかけて、檀上から連れ出してもらうように促した。
（……よし、これで校長の話は終わった。あとは――）
　修はマイクを握り直すと、ざわめく生徒達を一斉に見渡しながら、即興の挨拶で場をごまかすことにした。
「というわけで、みんな。長いと思っていた二学期も今日で終わりだ。三学期になれば一年生は部活動で中心的な立場に立つようになり、二年生は受験が現実味をおびてくる。三年生は一般入試の本番だ」
　一人一人の生徒に語りかけるようにして、修は講堂に集まった生徒達の意識を何事もなかったかのように式へと戻していく。
「だが、そのまえにブレイクポイントがあるよな。そう、冬休みだ。思いきり、やりたいこと、やるべきことをやって過ごそう。そして、三学期の始業式でまた元気に会おう！」
　修がそう締めくくると、講堂の生徒達からは自然と拍手が起こった。
　かくして、校長の話は終わり、終業式はようやく次のステップへと進むことになる。

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