アレコレひゃっはーの日｜リアクション

アレコレひゃっはーの日

　空が薄青い日曜日の早朝。通りを歩いている人は疎らであった。新聞配達のバイクがシーサイドタウンを突っ切るように走っていく。
　鬼河内萌は路地に身を潜めていた。そっと顔を出して左右に目をやる。
「今かな」
　八重歯を零して笑うと路地から出てきた。黒いコートに同色のパンツを穿いて行動を開始した。走り出しそうな表情で隅の方を歩いた。頭の巨大なピンクのリボンは羽ばたくように上下する。
　古い店の佇まいが見えてきた。店頭のポストに目が注がれて少し速足となった。
　萌はポストの前で立ち止まる。後ろに回り込んだ時に大きな声が飛んできた。
「まだ開店時間じゃないよ」
　驚いて萌が声の方を向くと、新聞を手にした中年男性が立っていた。
「そ、そうなんだぁ」
「ここで待っていたら身体が冷える。家に帰って昼頃に来た方がいいだろう」
「どうしようかな」
　萌はポストをちらちらと見ながら曖昧に返した。寝間着姿の中年男性は身を震わせて、程々にな、と口にして家に駆け込んだ。
「……だって気になるんだもん」
　萌はポストに縋るような目を向けた。
　お願いを聞いて貰った人がいるって聞いたよ。
　でも、ボクはまだ。もしかしたらポストに入れたお願いが無くなっちゃったりしてない？
　だからね。ポストの中にボクのお願いが入っているかを見せて欲しいの。こっそりでもダメかな。
　弱気な思いが表情を曇らせる。
「あ、そうだよ」
　閃きによって導かれた答えは小銭入れであった。萌は中から百円を摘まみ出して、すぐに引っ込めた。唇を引き結んで一枚の硬貨を取り出した。
　大きさが王者の風格を漂わせる五百円玉である。萌は名残惜しそうな表情で見詰めた。
「願いを叶えて貰うんだから」
　神社の賽銭箱を想像しているのだろうか。萌は摘まんだ五百円玉をポストの投函口に入れようとした。多少の緊張で指先が震えて端の方に当たった。その反動で五百円玉を落としてしまう。
「一枚しかないのに」
　縦になった五百円玉が不安定に転がる。萌は追い掛けて手を伸ばした直後、道と店の境界にできた隙間にすっぽりと収まった。上から摘まもうとしても出っ張りがない。左右から挟もうとしたが硬貨や指の入る余地はなかった。
「こんなところで何してんだ？」
「ユウくん、五百円玉を落としちゃって」
「何してんだよ」
　面倒臭そうに言いながらも野菜原ユウは萌の隣にしゃがんだ。隙間に目を落として即座に立ち上がる。
「ここで待ってろよ」
　ユウは近くにあった自動販売機に走った。小さな缶コーヒーを買って一気に呷る。空き缶はゴミ箱に捨てて急いで戻ってきた。
「これで何とかなるはずだ」
　ユウは空き缶から切り取ったプルタブを見せ付けた。萌はすまなそうな表情を見せる。
「ごめんね、お金を使わせちゃって」
「どうってことないって。ま、俺に任せろ。手先は器用な方だからな」
「期待しないで待ってるね」
「そこは期待しろよ」
　ユウは苦笑いでしゃがむとプルタブを隙間に突っ込んだ。硬貨の下の方に当てて上へと動かす。僅かに硬貨の先が出た。上を摘まんだ状態でプルタブも使う。徐々に迫り上がって最後は一気に引き抜いた。
　ユウは両手を上げて喜んだ。
「俺はやれば出来る男なんだぜ！」
「凄いよ、ユウくん」
　喜ぶあまり、五百円玉は手から離れて宙を飛ぶ。目にした二人は同時に動いた。
　萌が片手で硬貨を握る。ユウの手は宙を泳いで萌を正面から抱くような姿になった。
「ち、違うぞ。これはワザとじゃない」
　ユウは座った状態で後退りした。萌は楽しそうに笑っている。
「もしかしてユウくんもポストのお願いが気になったから来たのかな」
「たまたまだ。ポストには入れたが」
「どんなお願い？」
　ユウは視線を逸らして言った。
「お願いを人に教えると叶わなくなるっていうだろ」
「ここは神社じゃないよ」
　自身の行動は内緒にして萌は笑顔で口にした。

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