ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～ユメギワ空想楽団｜リアクション

ミッドナイト・フリーキー・ショウ！　～ユメギワ空想楽団

【あなたが想う、あなた自身】

　からっぽ。どこまでも続く空洞。完全なる空虚。朝鳥さゆる。近づく冬の気配を告げる肌寒さは、その心を満たすことのできる何かが、もはや未来永劫訪れることはないのではないかという錯覚を、疲れた彼女へ抱かせます。早めにクローゼットから引っ張り出したトレンチコートも、砂を蹴るロングブーツにも、塵ほども心躍ることは無く。頭上に広がる美しい星空の雄大さであっても、彼女の胸に開いた、深く広い穴を埋めるにはまったく、まるで、足りはしません。
（……さむい）
　自身の身を抱きながら、さゆるは寝子ヶ浜海岸をそぞろ歩きます。名も知らぬ誰かを誘い、下腹部に焦がすような熱を受け入れるのも、薬に頼って泥沼に沈むような惰眠を貪るのも、今夜は気が乗らず。目的もなくただ、暗い砂浜を歩くだけ……時折空を見上げ、星座の位置を確かめたりもすれど、そこに何ら意味を見出すことは叶いません。無益で、非生産的で、そしていつもと何ら変わらない、無駄の極まる暇潰し。
（どこへ……何を……あたしは……ひとりで……）
　思考すらとりとめなく、時折吹く冷たい風にあおられて、ともすればどこかへ飛んで行ってしまいそう。もしそうなったら、この身体に残るのは単なる肉の塊、抜け殻。何も考えず、歩き、寝て、思い出したように食べ、誰かに身体を開くだけの、単なる……。
（それも、良いかしらね）
　そう、思っていたのに。

♪『Open Your Eyes』

コール・ラッカートニー / 演奏　ユメギワ空想楽団

　砂浜へ突拍子もなく立つ彼らが、さゆるの胸に、思い出を見せるのです。
（……記憶が……鮮明に？）
　冷たい空気に乗って響く穏やかな音楽が、おぼろげになりかけている記憶を蘇らせ、さゆるの周囲を、まるで古めかしい映写機が映すフィルムのように、ぐるぐると巡り始めます。
　懐かしく活気に満ちた家。明るく灯る光のような、両親の笑顔。誕生日プレゼントにもらった、オルゴールの素敵な音色。全てが輝いていた頃の、確かに幼い自分が過ごしたはずの、幸せな記憶。
　鏡の中、開けっぴろげに屈託なく笑う、小さな自分。その後ろに佇む、母親の微笑み。父親の優しい眼差し。
　さゆるは砂浜に腰を落とし、楽団の奏でる旋律へ、耳を傾けます。そうすることで、鬱屈とした何かが晴れていくような。心が洗われていくような……そんな感覚を覚えたので。
　さゆるは音楽に、それが見せる泡沫のような記憶の幻影にしばし、身を委ねました。

　けれど。思い出はあたたかく、心地良くて……そして正確で、残酷でもありました。
　時の流れを克明に遡るなら当然のこと、それらを失くした瞬間にまで行き付きます。心を満たす幸福を無残に引き裂いた、突然の報。全て失ったのだと知った時の、あの絶望。その後に延々と、どこまでも続く、空虚。
（分かってる。あたしが逃げ込めるのは、結局、思い出の中だけ。失くしてしまった、あの頃の……）
　フィルムは巡り、さゆるが日々をやり過ごす、怠惰な今へと近づいていき……その、さなかに。
（…………？）
　彼女は気付いていたでしょうか。記憶の映像へと添えられる楽曲が、まるでサスペンスかホラー映画さながらの、おどろおどろしいものへと変わっていたことに。
（……違う……）
　記憶の海の底の底。
　ざざ、ざざざ、ざわざわと。
　浮かび上がってくる、その光景。
（違う。これは、私の記憶じゃない。だってこれは、番組の中の……）
　何度も。何度も。ぎらりと室内灯を照り返し光る、銀色の刃。瞬く間に広がり染まりゆく、どす黒い赤。
　生ぬるいそれを浴びるのは、振りかざすナイフだけではなく、白いシーツや床、壁、それに鏡へ映る見慣れた裸体や、
（これも、私の記憶……なの？）
　自分の顔までも。赤に。
　彼女は、知りました。
「…………そう。あたしは、ひとりで破滅していくこともできないのね」
　この絶望は、人を喰う。