【1】
7歳の頃、遠足で始めて九夜山に登った日
山で迷子になり、心細く泣いていた僕はキジトラ模様の猫に出会った
その目は淡く澄んだ翡翠色に輝き、まるで宝石みたいに輝いていて、子供心ながら綺麗だと思った
僕はそんな彼にすがりたい一心で、ただ不安から逃れたくてそっと手を伸ばす。
そんな僕から何かを察したのか、彼は一瞬目を細めたかと思うと
僕の泣き顔を一瞥しせっせと、せっせと走り去っていく。
追いてかれてなるものかと、僕も慌てて立ち上がり彼の背中を追いかける
決して距離の縮まらない、けど追いていかれもしない鬼ごっこ
そうやって追いかけてるうちにだんだん、楽しくなってきて
気づけば僕は泣くことすら忘れて彼を必死で追いかけて。そして、気がつくと
僕は遠足の列から少し離れた登山道まで戻ってこれていた。
彼は僕の事を案内してくれたんだ。そのことに気づき、振り返った頃にはもう
ノラ猫は走り去った後だった
遠足から帰ったあと、先生から大目玉をくらい家路につき
学校からは既に電話を貰っていたらしく、父さんはくたくたになった僕の姿を見て大笑い
母はそんな旦那のズレた反応に呆れ果て、怒ることも忘れていた。
普通の家族とは多少異なる空気感、でも僕はそんな両親の夫婦漫才のようなやりとりが好きだった。
晩御飯を食べ、お風呂に入り8時に布団に入る
いつもなら目をつぶればぐっすり眠れたはずなのに、今日だけは中々寝付けなかった
今日出会ったあの猫の事が気になっていたからだ。
名前も知らない今日初めて会った恩人の一匹
・・また、彼に会ってみたいと思った。
動物と人で言葉は通じないけれど彼となら友達になれると思ったからだ
それから、お休みの日ににお父さんと一緒に九夜山に登るようになっていた。
そうこうしているうちに僕はこの場所が好きになっていったんだ。
【2ー1】
九夜山に通うようになってから半年近くたった頃
12月、紅い絨毯が敷かれる九夜山の登山道を今日も僕は歩いていた。
唯一変わった事といえば、お父さんの付き添いが無くなった事ぐらいだろうか。
一般家庭では小学1年生を一人で登山させはしないだろう、だが父さんはそんな僕の願いを
登山道が見えない場所には立ち入らない事を条件に許してくれた。
何度も何度も足を運ぶうちに体に道は染み付いていた。地図を片手に
展望台までの一本道を往復する日々、まるで冒険家になったようだった。
そうして疲れた体を草花のベッドに横たわり一眠り
毎日がただただ楽しかった。それと同時にあの日の記憶は少しずつ、薄らいでいった。
12月20日。その日天気予報はまんまと嘘をつき、2時をまわったあたりから雨が降り始めた
慌てて来た道を逆戻りして、展望台前のロープウェイ駅で雨宿り
本降りになる前でよかったなぁ、そんな事を思いながら壁にもたれかかり
規則的に屋根を叩く雨音を聞きながら、空が茜色に変わるのをただひたすら待つ
そんな気持ちとは裏腹に雨足はより強く、しまいには雷まで鳴り出した。
「今日はもう駄目かな」しびれを切らし立ち上がり券売機の方へ振り返る
視界の先、駅の改札のむこう、ホームに彼は佇んでいた。
彼の体はあの日の記憶より一回り大きくなっていて
あの日見とれてしまった瞳の緑はより深く、より輝きを増していた。
時計の秒針はめまぐるしく逆行していく、忘れかけてた記憶が色彩を取り戻していくなか
ただ僕は眺めていた。ひたすらに
それだけであの日僕は満足だったんだ。