*prologue
甘い飴玉を口に含んで瞼を閉じる。
目の前に広がった真っ暗な闇。
真っ暗闇に沈んで。沈んで。
落ちて。落ちて。何処までも堕ちて。
気が付いたら、違う世界。
元いた世界と少し似ていて
だけど全然、違う世界。
そもそも、元いた世界って何処だっけ。
どんな世界だったっけ。
どうやって此処に、来たんだっけ。
ここは何処なの。私はだあれ。
私って一体、誰だっけ。
私の名前、なんだっけ。
わからないけど、別にいい。
だってこの世界では
何もわからなくたって、きっとなんにも困らない。
だけどやっぱり、名前は欲しいな。
何がいいかな。何にしよう。
そうだ、アリス。アリスにしよう。
私はアリス。私はアリス。
口に出して、繰り返して、うんうんと頷いてみる。
そういえば、さっきから手に持っている
これは一体なんだろう。
鈍色に光る鋭いナイフと
青色の水が入った三日月の瓶。
なんだっけ。なんだっけ。
なんにもわからないけれど
私が手に持っているから
これはきっと、私のもの。
私はアリス。私はアリス。
空から降り注ぐ太陽の光がちょっと眩しい。
ずっと此処に座っていたら
私は焼けて死んじゃうのかな?
どうやってここに、来たんだっけ。
どんな道を、通ったんだっけ。
どこに行こうと、してたんだっけ。
覚えてないけど、別にいい。
だってこの世界では
なんにも覚えてなくたって、きっとなんにも困らない。
目の前にあるビルを見つめる。
大きくってボロボロのビル。
見上げてみると、とても高い。
上から落ちてしまったら
きっと潰れたカエルになっちゃう。
ビルはなんだかさみしそう。
お腹を空かせているみたい。
昔はお腹いっぱいだったの?
今はペコペコなのかしら。
何か食べたくて仕方が無いから
こうして口を開けてるの?
私でいいなら食べてもいいよ。
代わりにお腹の中身を見せてね。
ビルのお腹の中はひんやり。
涼しくって心地いい。
ビルの中は薄暗い。
眩しくないから心地いい。
私の歩く足音が大きく大きく響くのは
ビルがお腹を空かせているから?
私は美味しい?
噛み砕かずに飲み込んだから
味なんて少しも、わからないかな。
ビルのお腹を見て回るうち
下へと続く階段をみつけた。
下はもっと涼しいかしら。
もっと心地がいいかしら。
ひんやりした壁に手をついて、足を交互に動かして
底へ底へと私は下る。
下った先に何があるかを
知ってるような、知らないような。
下った先にあるものは
きっと悪いものじゃない。
だって何故ならこんなにも、私の胸は暖かい。
下った先にあるのは、そう。
不器用で優しい彼の巣が…。
彼?彼って、だれだっけ。