彼女は踊る、糸繰りの人形の如く。
濃紺を基調にしたレトロなワンピースから突き出た細い脚を斑に染める返り血、膝まで伸ばしたストレートロングの赤毛が優雅に翻る。
嵐の前の空を思わせる不吉な灰色の瞳に惨劇の余韻の恍惚を浮かべて、白磁の頬に壊れた微笑を刻んで、無邪気で愛らしい顔立ちに狂気をたゆたわせて。
彼女は踊る、グランギニョルの人形の如く。
甲高い嬌声を弾けさせもう一回、もう一回と振り下ろす斧。飛散する肉片と血。斧を打ち下ろすごと量産される赤黒い挽き肉。
彼女は踊る、暗闇の中。
ここは彼女だけのダンスサイト、天井から床まで達する飾り窓にはこの惨劇を人目から隠す一抹の慈悲として分厚い緞帳が垂れている。
観客はいらない。
「彼女」と「私」が最前列の特等席に居ればいい。
私の前世が彼女で彼女の来世が私、私達は魂の双生児、互いが互いを求め合うねじくれた運命の落とし子だから。
本当なら互いの存在など露知らず騙し絵のように螺旋階段の裏表ですれ違うはずだったのに何たる素晴らしい運命の悪戯か皮肉な創造主の采配か、こうして巡り逢ってしまった。
それがすべての始まりにして終わり。彼女は私の病巣、チェンジリングにしてバニッシングツイン、それが私「達」。
「ねえ、マザーグースを唄いましょ」
小首を傾げて闇に語りかけ、小鳥が囀るように舌足らずで可憐なマザーグースを口ずさむ。
「なにがいいかしら。駒鳥の死を悼む葬送曲?塀から落ちた卵の鎮魂歌?一人ずつ消えてくインディアンの数え歌?それとも、それとも……ふふっ、たくさんあって迷っちゃう!でもいいの、時間はたっぷりあるわ。メアリは全部覚えてる、一つ一つ順番に唄っていきましょ」
踊る、踊る、踊る、踊る。黒に限りなく近い濃紺のワンピースの裾が軽快なスキップに合わせ旋回し、緞帳の隙間から斜めに傾いで床を掃き清める、一条の月光に軌跡を描く。エナメルの靴が床を踏み、彼女が握る錆びた斧が月光を弾いて鈍く光る。
これは夢?そうよ、とびっきりの悪夢!夢の中なら何が起きても不思議じゃない、夢で見る夢の中ならどんな怪物(ジャバ・ウォック)がとびだしてきたっておかしくない。
虚構の奈落を飛び越して!
虚実の峡谷を跳び越えて!
ナイトメアリベル、悪夢の中で鳴り響く弔鐘の名を与えられた少女。
彼女こそナイトメアの落とし子。
彼女と私は踊り続ける。
すべてのマザーグースが死に絶えるまで。