遊園地の敷地内にある野外音楽堂
石造りのステージでは嘗て手品やお芝居、ヒーローショーが演じられていたが、今は演者も観客もなく静まり返っている
ステージには壊れたピアノが一台打ち捨てられている……
(寂しそうな深雪さんを見て申し訳なさげに)
音楽家ならそこそこ詳しいんだが、楽器の銘柄や職人については不勉強でね
時任も言わなかったし……「お前は俺の音だけ聞いていればいい」が口癖だったから、たとえそれがピアノでも自分以外に注意が行くのが許せなかったんだろう。幼稚な独占欲だ
子どもか……(少し考え込むように)独身の俺にはぴんとこない感覚だが、廃墟で朽ち果てている姿を知れば複雑だろうな
君も時任を知ってるのか。……あいつは凄いな(ため息のように呟き)
時任の演奏は情熱的かつ饒舌だった。ピアノは気持ちを通訳してくれる
(改めてまじまじと深雪さんを見て)
……霧生深雪……思い出した、年若い天才ピアニストの噂を。いつだったか時任が言っていた、目をつけている若手がいると。あいつは好敵手に足るだろう人間をチェックしていたから
絶望、か。ピアノには瞑想と浄化の作用もある。君はピアノを弾く事で絶望を希望に置換してきたんだな。
……やはり聴いてみたいな。
君の言う通り、努力する姿勢は無駄じゃない。凡人でもある程度の域までは努力で辿り着ける。だがそこから先は天才にのみ開かれた領域だ。少なくとも俺はそう思う……身近に手本がいたからな
凡人でも優等生にはなれる、上の上には手が届く。だがそれ以上は…
記録に残る一流にはなれても、記憶に残るのは天才だけだ…
随分遠慮のない間柄だったんだな、その幼馴染は。俺も知己に対しては毒舌な方だと思うが…
自分ができる事は他人もできて当たり前だと無意識に思ってしまうのが人のサガだ。それが傲慢の原罪なのかもな。
ある人物が言う死ぬ程の努力を他の人間に強いたら、恐らく耐え抜けずに死んでいる。
世の中には往々にしてそういう事もある。裏を返せば地獄のような試練に耐え抜いた人間のみが栄光を掴めるんだ
皮肉だな
(陽太君に向き直り)
気に障ったんならすまない。腹黒というのは……いや、ここで話すのはよす。
二人になった機会に改めて
オルゴールを所有してるのは知人なんだ。君達と同じ寝子高の芸術科だから名前を挙げれば知ってるかもしれない
彼女も君に負けず劣らず個性的で素晴らしい作品を手がける。見る価値はあるよ
星ヶ丘なら時任の墓参りの行き帰りに通る。暇ができたら覗いてみるか
(陽太君のため息に対し)
火遊び……そんなつもりはなかったんだが(複雑な顔で)
俺が叱られたんじゃ世話がないな。よくわかった、こりたよ(苦笑いし)