遊園地の敷地内にある野外音楽堂
石造りのステージでは嘗て手品やお芝居、ヒーローショーが演じられていたが、今は演者も観客もなく静まり返っている
ステージには壊れたピアノが一台打ち捨てられている……
相対化は人の習性だ。人は常に自己と他者を比較する社会的な生き物だ。
だからだろうか、自分と比較して確実に勝っている天才という存在に憧れと嫉妬を抱くのは。
……君を堕落させる天才か。なんだか似ているな、あいつと。
優しすぎる人間に世界が優しいとは限らない。君のお兄さんは沢山の痛みを抱えすぎて消化不良をおこしている。
……酔った人間の喉に指を突っ込んでえずかせるように、誰かの手伝いが必要かもしれない
否定しないんだな(苦笑い)……薄情だと気付けただけマシか。
(従夢くんの言葉に聞き入り、自分の内側をさぐるように目を伏せ)
……煩わしかったよ、いつも。あいつは俺を惨めにさせる。
でも……それだけじゃない。発熱したら甲斐甲斐しく看病してくれた、感謝もしてる。あいつの手は冷たくて気持ちよかった。
ピアノの鍵盤と同じ冷やかさと滑らかさで、俺の熱を吸い取ってくれた
……もちろんピアノを弾かない時も一緒にいたよ。ピアノを弾かない時のあいつはただのとてつもなく嫌な男で、俺をいらつかせる天才で、その事をわかった上で愉しんでいた
……俺もあいつも度し難いな。本当
(従夢君の問いに無感動な眼差しを返し)
……理解したとして、今更どうなる。手から零れ落ちた砂の分量を量るのは無意味だろう
その砂にどんな名前がついていたかなんてどうでもいいじゃないか
知った所で時は遡れない。時任彼方はもういない。這い蹲って砂をかき集めても虚しくなるだけだ
……もう疲れた。本当は投げ出したい。でもできない。自分で自分を縛ってるんだ。馬鹿馬鹿しい。
彼方と対になる、あいつにだけ許した呼び方……
その名前は葬った。彼方が死んだ時、遥(はるか)も死んだんだ
(声を詰まらなせ涙を流す従夢君に困惑、白衣のポケットから几帳面に折り畳んだハンカチを取り出し)
……なんだか告解に似てるな。懺悔を聞く神父のようだ
君が自分を責めてる事はよくわかった。お兄さんに君を責める気持ちが微塵もない事も
それで?
俺にどうしてほしい。頬でもぶてば気が済むのか
随分と安易な贖罪だな。謝罪する相手を間違えてるんじゃないか
自ら虐げた他者の為に安い涙を流すのは自己満足、自慰の手伝いをさせられるのはごめんだよ。本当に悔やんでいるのならきちんと対象と向き合え、今君が考えている事、正直な気持ちを話すんだ
……俺と君と彼と、誰が一番可哀想か順位をつけても意味がない
(従夢君に清潔なハンカチをさしだす)