遊園地の敷地内にある野外音楽堂
石造りのステージでは嘗て手品やお芝居、ヒーローショーが演じられていたが、今は演者も観客もなく静まり返っている
ステージには壊れたピアノが一台打ち捨てられている……
凡人は天才を作り自らの怠慢を誤魔化し、劣等生を見つけては優越感に浸る。
優しいですよ……僕の兄は……僕を堕落させる天才だ……。
(「生き辛いだろうね」その言葉に、)
そう、だと思います……。自分の痛みにはひどく鈍感だが、他人の痛みは感じる。けれどもまだ生きている。
薄情ですかね……そうかもしれません
(少し穏やかに微笑して)
それに、気づいただけでも、薄情ではないですよ……
彼の魅力はピアノだけ?彼と話した時間は?風邪で看病された時は?煩わしかったですか?
時任彼方だってピアノを弾かない時間はある……その瞬間だけしか貴方を繋ぎとめられないなら、呪われていたのは……
(不快感を露わにする斑鳩さんの視線は覚悟していたがそれでも怖い。自分と相手に落ち着きを取り戻そうと、溜息をつき冷静に喋る)
……。斑鳩さん。失礼なのは分かっています。
僕は、悪戯にその名を使った訳ではありません
貴方は言った。所有格で呼ばれるのはぞっとしないと。けれど先ほどの貴方はこうも言った。あだ名をつけるのは愛らしい発想だと。貴方は彼が貴方にしたことの意味が本当に理解できないのですか
時任彼方に物のような扱いを受けたから、その名を聞くと虫唾が走るのか。それとも、その名は彼と自分の特別性を示す神聖な言葉だったのか……
僕は弱虫の卑怯者。誰も僕を罰しない。だから自分でそうした。けれど自傷は自慰に似ている
僕に虐げられた人間が、言えるわけがない……ですよ
(息が上がり、口調は怒気を持って早くなり、涙混じりに訴える)
自らが虐げられていた事実を、認めないとそれは出来ない……あれは愛ではなくただのなぐさみものにされていたんだと、せめて愛があった……ただ、未熟だった……そう思いたい……そう思わないと……精神が持たない……だから……
(激情に駆られ流れる涙を拭う事もせず、ただ項垂れて嗚咽を漏らし)
……ぐ、斑鳩、さん……ぼくとあなたは、違う。貴方は、友人の事、分からなかったかも、しれない。でも、でも、今は、分かりたいと、そう、願っている……何も感じないなら、罪悪感も、自己嫌悪も、憎しみだって、ない
(子供のように涙を拭いて)
僕は貴方の事最低だとは思わない。同族嫌悪とも。貴方は何か、求めましたか?貴方はただ、受動的にピアノを聴いていただけなんじゃ、ないですか?
あなたは……自分が何も感じない、そう諦めている。本当に何も感じない人間は、そもそも諦めも、しません