とある休日。
蔦薔薇の館に、金色のプレートにワルキューレと書かれている部屋があった。
その部屋で一人の女性が掃除をしていた。薄い水色の首元まで伸びた髪に、釣り目がちなアイアンブルーの瞳。服装は社会人を切るようなスーツを身に纏っている、胸元が少しきついのかボタンが二つ開けられ谷間が見えていた。
掃除が終わり、一息つくとドアをノックする音が聞こえた。
ライレエがドアを開ける。
ドアの前には女性が立っていた。
首元まである黒髪に少しだけ気の強そうなつり目の青色の瞳。様々な色がついたくたびれた白衣を羽織り、白いYシャツと薄茶色のズボンを着用していた。顔立ちは美人といっても過言ではなく、目鼻が整っている。
ライレエは笑みを浮かべ、女性に挨拶をした。
「よぉ、さっちん。いらっしゃい」
「邪魔するぜ。今日は呼んでくれてありがとよ」
彼女の名は鳳翔皐月。ライレエがこの島に着てから出来た、女友達兼飲み友である。
今日はライレエの誘いで一緒に飲む約束をしていた。
「どういたしまして。中に入ってくれ」
皐月を部屋の中へと入れる。皐月は目を動かし、部屋の中をものめずらしげに眺めていた。部屋にあるのは大きめのクローゼットとライレエが寝てるであろうベッド、様々な本が陳列されてる本棚があった。必要なものしかそろっていない、質素な部屋だ。
ライレエは適当に座ることを促した後、部屋にあった小さめの冷蔵庫から酒が入った透明なビンと楕円形の白い皿を持ってきた。皿の上にはチーズと赤色のよく熟したトマトが交互に挟みこまれ、上には緑色のバジルが添えてある。
一旦床に酒瓶とつまみを置いた後、透明なガラスのコップを二つ持ってきた。
「おまたせ。コレが美味い酒だぜ」
酒瓶には白いラベルが張ってあり、黒い文字で店の名前が書かれている。左下には赤い文字で日本酒と表記されていた。
皐月はしげしげと酒瓶を見つめる。
「日本酒か。どこで手に入れたんだ?」
「酒屋の店主に貰ったんだ。美味いって有名の酒屋なんだってよ」
「そりゃ期待できそうだな」
「つまみもちゃんと作ったぜ。早速飲むとするか」
蓋を開き、コップに酒を注ぎ終えて後「乾杯」といってグラスをあわせた。
【PL】
鳳翔皐月さんお借りしました!
指は話無害なものなので、不幸なことは一切起こりません
お好きに取り扱いくださいませ
皐月はコップに残った酒を全て飲み干した。
「それだったら呪いっていわれても不思議じゃねぇな。けど、なんでそんなものになっちまったんだ?」
「簡単なことだ。人間の感情を受けてきたからだよ」
「悪い感情ってことか?」
「そう。物ってのは人間の感情に影響されやすいんだ。ほら、言うだろ? 大切にされてきたものは付喪神になるって」
古来、大切に扱われてきた物は持ち主の思いを受け付喪神へと変化する。感謝の気持ち、暖かい思い、善なる気持ちを受け付喪神へと変化した例もある。
逆に人の憎しみ、恨み、不幸を受け荒神となった道具もある。
「人から人へと渡り歩いてきた。その際、人の悪い感情の影響を受けてきたんだろうな。だから呪いの指輪になった」
よくある話だと言いたげな口調でライレエは締めくくった。
何かを思いついたのか皐月のほうを見る。
「そうだ。その指輪、サッチンにあげるわ」
「ちょっと待て、脈絡がなさ過ぎるだろ!」
ライレエの唐突な言葉に皐月は突っ込みを入れる。
「えー」
「えーじゃないだろ、第一コレ呪いの指輪って呼ばれてたんだろ。そんなもん喜んで受け取れるかよ」
「大丈夫だ。指輪についていた呪いは解けたし、つけたところでなんもおきやしねぇよ」
「けどよ」
「もしも、さっちんに何らかの不幸が起きたらあたしが責任を取る。約束する」
皐月の目を見てはっきりと言い放った。目には一点の曇りもなく、断言するかのような言い方だった。
見つめあいの末、皐月が目を逸らし、頭をかいて軽くため息をついた。
「……信じていいのか?」
「おう」
「じゃあ、もらっとくぜ。売ったところで文句は言うなよ」
「勿論」
ライレエは酒を注ごうと酒瓶を手に取る。
酒瓶がとても軽かった。中を見ると中身が残らずなくなっていた。話をしている最中に全て飲みきってしまったんだろう。
「もう酒もなくなっちまったか。新しいの飲むかなぁ」
もう一度冷蔵庫から酒を取ろうと立ち上がる。
その時。
『ありがとう』
一瞬、聞き覚えのある少女の懐かしい声が聞こえる。柔らかく、嬉しそうな声色をしていた。
ライレエは少しだけ目を見開く。
「どうした? ライ」
立ち止まったのを不思議に思った皐月が尋ねる。
「んー、なんでもねぇよ」
口元に笑みを浮かべながら、ライレエは新しい酒を冷蔵庫から取り出した。
ライレエは皐月へと視線を戻し話を続けた。
「で。その指輪が何で呪いって呼ばれてたというと、持ち主の願いを叶えちまうからだ」
「はぁ? ちょっとまて、願い叶えるなら呪いも何もねぇじゃねぇか」
皐月は顔を顰める。持ち主の願いを叶える指輪が呪いといわれるのか不思議だった。
ライレエは酒を煽り、微笑む。
「まぁまぁ、話は最後まで聞けってさっちん。確かに願いを叶えてくれるさ――捻じ曲がった方向でな」
「? どういうことだ」
「本人が望まない方向で願いを叶えてくれるんだよ。例えば、大金持ちになりたいといったら両親が死んで保険金が手に入ったりする。長生きしたいと願えば自分の周りの人間がしに、自分だけが長生きできるとかな」
「それ願いを叶えたっていえんのか?」
「叶えてんだろ。金はきっちり手に入ったし、周りの奴等よりは長生きできてるて実感できてるしな」
ライレエのだした例え話は、指輪は持ち主の願いをちゃんと叶えていた。どんな形であれ願いが叶った事実には変わりようがない。
ライレエは思案するような表情になり、軽く頭をかく。
「んー……話すと長くなるけど、酒のつまみにでもなるし、いいか」
ライレエは語り始める。
彼女は本土でとある会社の社長をしていた、会社の名前はいえないと付け足す。会社の内容は簡単なもので、何でも屋みたいなものだった。猫の詮索、浮気調査、町の掃除やゴミ拾い。ありとあらゆる仕事を請けおう所らしい。
皐月は少しだけ目を丸くした。本土で会社の社長をやっているということに驚きを隠せなかった。
「お前会社の社長だったのか」
「といっても、働いたら負けが心情の社長だけどな」
「駄目社長だってことはよく分かったわ」
「てへぺろ。で、ある日会社に奇妙な依頼がやって来たんだよ」
「この指輪か?」
皐月が指輪に視線を移すと、ライレエはコクリと頷いた。
「そう。その指輪を買い取って欲しいって。事情を聞いてみると、それは呪いで有名なもので買い手が中々見つからなかったんだよ。で、藁にもすがる思いであたしの会社に買い取って欲しいと来たみたいだ」
「で? いくらで買い取ったんだ」
皐月は胸ポケットに入っていたタバコの箱から一本取り出し、火をつける。白色の煙が空中を漂った。
ライレエはほくそ笑みながら右手を広げて突き出す。
「五千万」
「……ちょっと高すぎねぇか?」
「いやいや、それぐらいが打倒だろ。だって呪いの指輪だぜ? そんなもん買い取って欲しいっていうんだからそれ相応の金は用意してもらわないとな」
にや付いた笑みを見せながらライレエは言い放った。
皐月は彼女の言葉に若干あきれの色を見せる。皐月も俗に言ういいところのお嬢さんであるが、呪いの指輪を買い取るからといって五千万も払った男に対し同情してしまう。
そこから二人は他愛もない話を始める。ライレエは寝子島に来る前に旅をしたときの思い出話をし、時折皐月に話を振りながら喋っていた。
皐月の中学時代に付き合っていた男の話しを聞き、ライレエは腹を抱えて笑った。
「ぶはは! ひでぇ振り方した元彼の金玉蹴るなんて、さっちんらしいなー!」
「わりぃかよ」
「いや。むしろ優しすぎだろ。あたしだった男をひん剥かせた上で体中に私はガチホモですって油性ペンで書いて公園で放置してるな」
「お前の方がひでぇな」
「それかもう二度と子孫が出来ない体にするな」
「えげつねぇ」
口では批判しながらも、皐月の表情は柔らかく、口元を緩めた。
お互い誰の目も気にせず好き勝手会話できる空間を楽しんでいる。人には言えない下ネタや、過去の出来事を話せる相手というものは貴重な存在でもあった。
ふっとライレエは皿に目を移す。
皿の上に乗っていたつまみがすでになくなっていた。
「あっと、つまみが切れたな。もってくるわ」
「ん。わりぃ」
ライレエが立ち上がる。
そのとき、彼女の尻ポケットから何かが落ちてきた。かつんと硬めな音を出して地面へと落ちる。
「ライ、何か落ちたぞ」
皐月は音に気づき、落ちたものに手を伸ばす。
「指輪?」
それは指輪だった。薬指にでも嵌められそうなサイズに、丸く光に当てると少しだけきらめく銀色。内側を見てみると炎のような赤色、海の底のような深い青、草原を連想するような緑、空と同じ色をした石達がはめ込まれていた。
「綺麗な指輪だ。内側に何かついてるけど……」
「ルビー、ブルーサファイヤ、ぺリドット、ブルートパーズだよ。全部、本物のな」
冷蔵庫から新たなつまみを取り出し、自分の場所へと戻ってきた。
皐月はからかうような口調で尋ねた。
「本物ってことは相当高い指輪だな。なんだ? 男に貰ったのか?」
「いや。それは呪いの指輪だ」
静寂が部屋を包み込む、指輪を触っていた皐月の手が止まった。
ライレエは気にしたそぶりを見せず自分と皐月のグラスに日本酒を注いでいる。
数秒の沈黙の後、皐月がようやく口を開いた。
「…………おい。今その呪いの指輪に触ってんだが」
ライレエが酒を飲み干した後、口元には笑みを浮かべる。
「悪い、言い方が悪かったな。それは元々呪いの指輪だったものだよ。今は普通の指輪だ」
「どういうことだ?」
皐月の細い指が指輪を床へと置いた。