「…ふぅ、これで今日の仕事はお終いですね」
人の少なくなった真夜中、ふと公園の木の上で一人の少女がぽつりと呟いた。
彼女の名前は常闇月。どこか猫のような雰囲気を持たせる女の子だが、彼女は周りのようなフツウの学生とは遠く離れた存在だった。
【ウルフズベイン】…それは彼女のもう一つの顔。
とある組織によって殺人の教育を受けてきた彼女は、様々な場所にて暗殺を実行してきた。
組織が解散して以降は日本に戸籍を置いて今の名前を名乗ってはいるが、彼女が生きてきた年月は思春期の少年少女達よりも多く血を浴び過ぎていた。
だからこそ、月には友達と呼べる存在もいなかった。
同時にそれは自分が望んではいけないとも知っていた。
『私は欠陥品だから』
その一言で片づけてしまう。
自分から交わる事も無く、ただ孤独に生きるだけ。
そんな思いを抱えながら今も生きているのだ。
「…そろそろ戻りましょうか」
そう言いながら腰を上げた瞬間、ふらっと体重が思わぬ方向へ傾いた。
「っ…!?」
ちょっとした気の緩みが生んだ慢心だったのか、そのまま月は真下へ落ちた。
同時刻にもう一人、真夜中に夜道を散歩していた少女がいた。
浅山小淋…寝子島高校の1年2組の生徒である。
声を使う事の出来ない彼女は、ただ目的もないままに真夜中の寝子島を無言で散歩していた。
【今日は星と月がよく見えますね…これなら明日も晴れるでしょうか】
心地よい夜風と万遍なく広がる夜空を眺めながら、眠れない夜を過ごす。
その時だった。
ガサッ…っと奥の方から何か音が聞こえた。
「?」と首を傾げ、音のした方向へ向かった。
そこに向かうと、一人の少女…月が倒れ込んでいたようだ。
「!」
倒れ込んでいる人の姿に小淋は声を出せないまま少し慌てる。
どうやら気絶しているようで、擦り傷がある以外に目立った外傷はないようだった。
【救急車を呼んだ方がいいでしょうか…でもこの時間ですし…電話は…】
喋る事の出来ない彼女にとって、あらゆる手段に小淋は支障を来している。
電話応対が出来ないのもその一つ。故に彼女の連絡手段は基本的にメールのみだった。
やや諦めた様子で携帯を仕舞うと小淋は考え込み、静かな空気が流れる。
そしてしばらくして何かを決意して首を頷かせた。
【この人が目覚めるまで待つしかありませんね…せめて怪我だけでも塞いでおきましょう】
決断してから早速行動に移した小淋は、傷の手当てを始めた…