始まりはサークルの集まりだったと、神無月ひふみは記憶している。
同じサークル仲間の家であるうどん屋で行われた集会の際、ふと壁側を見てみるとそこにいたのだ。
まるで空気となって溶け込んでいるかのように、気配が薄かった少女が。
座敷わらしと最初は勘ぐったものだったが、よくよく見れば生きている人間の反応だった。
ほんの少しだけ勇気を出して彼女を呼べば、彼女は少しだけ近づいては皆と同じところに交わった。
まるで猫のような奴、とひふみは思った。
その時気づく要素があったことをひふみは思う。
普通の人間は気配を殺すことができるはずがないのだ、と。
彼女……常闇月が普通の女の子じゃないことを知るのは後日のある日のことだった。
放課後にひふみがたまたま校門から出ようとする月を見かけた。特に何も考えずに、ただ月と一緒に帰ってみたいという興味本位からの行動。
月の背中側からこっちから近づいていけば、月は程なくしてひふみのことを気づいたかのように振り返った。
「あ、神無月さん」
「ねえ月。いっしょに帰らない?」
「………はい?」
「はい?じゃないわよっ よし、これ決定ね」
有無を言わさないやや強引なやり取りだったが、月はこくりと頷いては同意を示した。
といってもただの下校するのも芸がない。それならばと寄り道をしよう。
「いくわよ、月」
慌てて付いてくる月の様子が少し滑稽で、思わず笑みがこぼれた。
寄り道といっても、ひふみの下校ルートを大きく逸れることはない。ただ途中でちょっとばかりお店に寄るだけだ。お店といってもひふみが考えているのはクレープの屋台だ。
クリームと果物を薄い生地でくるんだクレープの甘い香りが漂ってくる。
「ふふ、おごってあげるわよ?」
「あ、その……」
そこでひふみは前の月の反応を思い出していた。出された品物にはほとんど手をつけようとしなかったことを。
まるで出される品に毒が混じっているのを警戒して食べないかのような頑なさを。
「んー、じゃあこれでどう?」
ならば、とひふみはまずクレープをひと齧りしてはそれを月に渡した。最初彼女は受け取ったクレープとひふみとを交互に見ては、恐る恐るクレープを口にした。
毒見をしてみせれば食べるのでは?と思ったが、どうもそれで正解らしかった。
まるで人に懐いた野良猫みたいな子ね。という感想と、これって間接キスじゃないのか?という恥ずかしい事実の確認。
「……おいしい」
「そ、そう。良かったわ」
ハグハグと夢中に食べ始めた彼女をみたひふみは満足げに笑みを浮かべる。
とっても可愛らしい仕草に、もう一つ頼んでおけば良かったなと小さな後悔。
そんな幸せなひと時を、人気の少ない路地辺りに差し掛かった辺りで終演を迎える。
「おめぇ、神無月んどころのメス餓鬼だな」
「そ、そうよ……なによ、あんた達は」
胡散臭い、黒いビジネススーツの男たちは静かに二人を囲んだ。
構えながらも最初ひふみによぎったのは、月を巻き込んでしまったことに対する謝罪。
明らかに父親……ヤクザ関係の男達がやってきたのはひふみが原因といえるから。
「…………」
「月?」
普段は物静かな月の目が、冷たさを増した眼光を放っている。
男たちに囲まれている状況下においても、微塵も動揺している気配を見せてない。
「なんだ、やる気か?」
月の態度にいらついたのか、男の一人はドスを取り出しては鞘から抜いた。普通なら、少なくともひふみなら銀色に光る得物に本能的な怯えを覚えてしまう。
無意識に、一歩だけ後ずさった瞬間。
──めき、と、肉と骨が悲鳴をあげる音がした。
肘が折れてはいけない方向に、ドスを握ってた腕が曲がっていた。
男の手を掴んでいるのは、月の手。
あの一瞬で月は男に迫り、腕をとってへし折った……小枝をそうするような手軽さで。
「ぐぁぁぁぁ!?」
「て、てめぇ」
残りの男が殺到する。その合間を縫うように、月は踊った。
その度に、腕があらぬ方向へと捻れては戦闘力を失っていく。
そんな月の様子を……ひふみは一瞬とはいえ怖いと思ってしまった自分が悔しかった。
「………………………神無月さん」
気づけば、男達は自分の利き腕を抱えて呻いていた。
済まなさ気に、普段見せているよりも弱々しい気配を見せて。
叱られるのを恐る子のよう。
「月、貴方……」
「さようなら」
そして月はその場から去っていった。