~前書き~
今回の主人公っぽい神無月文貴さんのPLさんにはちゃんと書いた後に許可を取っておりますのでご安心を、ご安心って誰に対する言葉だ(何
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~方違え~
不吉とされたり悪いとされる方角を避けて他所に移ってしばらく宿る(籠る)などして方位に関する凶運を除いたり、吉運へ転じたりする呪術的な作法である。
平安時代に貴族社会で盛んに行われて流行した。
寝子島の6月も例に漏れず梅雨入りとなれば連日の雨の影響で晴れの日でも湿度は高めだ、そうなると気温以上に暑く感じたりもする、そういう天気のときは無意味にイラついたりするものだ
しかし神無月文貴が、いつもの様子見に馴染みの拝み屋の家の前で年寄り相手に凄んでいるのはもっと別な理由だろう
「茶でも飲んでけってババア、俺だって暇じゃねえんだよ、あんたはしらねえだろうけどな、俺は暇じゃないヤクザの若頭って奴で、今も部下待たせてるし、今回来たのだって丁度近く通ってちょっとした様子見のつもりでだな……」
本職のヤクザが凄んでみせれば、大抵の一般人は怖気づいて相手のどんな横暴な要求でもいやいや呑んでしまうものだが、このヤクザよりも一回り以上小さな着物姿の老婆は、怯えるどころか気にした風もなく、相手をまっすぐに見据えながら、多少の苛立ちも混じった口調で
「だからその手下も一緒にどうかつってんだよ、いい年した大人が孤独で寂しい思いしてる老人の茶飲み話に付き合う余裕もないってのかい?夜中に風俗行く余裕はあるって言うのにねぇ……ほら、さっさと用意しちまうから上がってきな、悪いことは言わないからさ」
「てめっ!それとこれは関係な……だからあがらねえつってんだろうが!とっとと行くからな!」
家の中に入っていく年寄りを見送った後そういって身を翻した文貴の前に心配そうな顔で立ちふさがったのは彼の部下である松崎という、文貴より一回り大柄な体格の初老の男だ、いかつい顔の右頬に縦に入っている傷と髪一つない禿頭という分かりやすいヤクザらしい風体の男だ
「若、何モメてるんです?」
「あぁ、気にすんな、この家のクソババアがいいって言ってんのにしつこくここで茶飲んでけって言うんだよ、ったくこっちだって暇じゃねえって言うのによ」
そういらだたしげにはき捨てた後、松崎を促して立ち去ろうとするが、彼はそんな文貴の肩に手を置き、力を込めて
「いえ、若、せっかくの好意ですから上がらせていただきやしょう」
「はぁ?寄り道は勘弁してほしいって言ってたのはテメェだろうが、向こうも待ってんだろ?」
「悪いことは言いませんから、上がらせていただきやしょう、先代が病に倒れてからこっち、若も働きづめだ、息抜きも必要でしょう」
もっともらしい言い分だ、しかしこいつは先ほどまで寄り道する暇もないようなことを言っていた、文貴はその心変わりに怪訝に思ったが、先代からの部下であるこの男は真面目だけがとりえの実直な男だ、サボるつもりで言っている訳ではないだろう
「……チッ!んだよどいつもこいつも!わぁーったよ、あがりゃいいんだろうが、一杯飲んだら帰るからな!」
結局、部下の押しにまけるかたちで、文貴は余計な時間つぶしをする羽目になってしまった
文貴が通された居間には、茶の入った湯飲みだけでなく、せんべいなどのお茶菓子も多数用意されていた、この老婆とは長い付き合いで、度々様子見にも行くが、こうしてちゃんともてなしてくるのも初めてな気がした、何せ彼がこの家を訪れるときといえば、気になったときに適当に様子見にくるか、先代と衝突していた少年期は、喧嘩するたびに転がり込むなど、前もって連絡しないことが多い、にもかかわらず今回は前もってくるのが分かっていたかのような用意の良さだ、先ほどの強引な態度もあり、尚更不気味に思えた
そんな文貴の漠然とした不安を他所に、老婆はいつもの調子で、ひーちゃんとは最近どうなんだ、とか娘がいるんだから女遊びも程ほどにしろ、等、余計なお世話としか言いようのない説教じみた世間話をしてきており、文貴は貧乏ゆすりをしながら適当な相槌をうっていたが、しばらくすると、松崎が腕時計を見た後、そろそろと前かがみに歩いて何か老婆に伺いを立てていた
「そろそろ大丈夫ですかね、和子さん?」
大丈夫?その言葉に変な違和感を感じつつも、和子と呼ばれた老婆の反応を待つと、老婆は庭の方を一瞥したあと、少し腕を組んで考えて
「……まぁ~、大丈夫だろ、そろそろいい時間だしね」
「おいババア、何の話だよ?」