●ののこ ザ パーティー
　鮮やかな造花と白いクロスで彩られた食堂のテーブル。その上には白い紙皿とカップを載せたソーサーが１３個並んでいた。少し離れた給仕用のテーブルに全てのお菓子と機材が並ぶ。
　穏やかなクラシックの音色の中、瑠奈と碧南が食堂へやってきた。２人の姿にどよめきが生まれる。それもそのはず。瑠奈はキュートなメイド服姿、碧南はブラウスとパンツできりっと整えてきていたのだ。
「すっごーい！　いいなぁー！」
　ののこは瑠奈と碧南に駆け寄った。衣装をまじまじと観察しては羨望の眼差しを２人に向ける。雑誌で見た通りの服装だから興奮は尚のことだ。
　真央がそんなシャッターチャンスを逃すはずはない。持ってきていたカメラを手に３人に近づくとパシャパシャと激写するのであった。
　それをしり目にマイペースなねむるがコーヒーメーカーを起動させる。そしてヒーターの上のヤカンにお湯が入っているかも確認する。
「さてみんな、パーティーの開催よ。野々さんも早く席についてくれないと」
「はいはーい！」
　圭花が主賓席を手で指して着席を促す。きゃっきゃと上機嫌でののこは椅子に座った。

　テーブルの上に並べられる多種多様なお菓子の数々。三角に切り分けられたフルーツホットケーキにはホイップクリームがデコレーション。様々な形で見る人を楽しませる香ばしい匂いのクッキーは紅茶にぴったりだ。しっとりとした見た目の蒸しケーキは何とも食欲をそそる。ほのかにレモンの匂いが香るマドレーヌは見ているだけで手を伸ばしたくなる。深い小麦色に染まったカップケーキは実に魅惑的だ。ふっくらと仕上がったシューが溢れさせる白いクリームは今にも食べてしまいたくなる。
「クレープはどう包めばいい？」
　ねむるが四月にクレープの包み方を聞く。実際にクレープはその都度に具材が変わる。なので生地と具材は別に持ってきていた。要望次第で四月がチョコレートソースでイラストを書く話になっている。
「長方形に包んでもらえば、あとはあたしがちょちょいのちょいってするんだよぉ」
「わかった、その時になったら頼んだ」
「まっかせといてぇ」
　ヤカンの温度を確かめる瑠奈。温めておいたティーポットのお湯をヤカンに戻して少しだけ温度調整。大体丁度良い具合なのを確認すると彼女はアールグレイの茶葉をポットに入れる。小量なのは大量に作ると味が不均一になりやすいからだ。
　やや高めの位置からお湯をティーポットに流し込む。空気を含ませつつティーポットの中で茶葉の対流を促すためだ。それによりふわりふわりと茶葉はぐるぐる回り、その葉をゆっくり開かせる。これがいわゆるホッピングという奴である。
　砂時計をくるりと回して砂を落とす。そんな彼女の姿にののこは釘付けだ。
　瑠奈は濾し器をセットした別のポットを用意した。そして手に持ったティーポットから琥珀色にそまった液体を注ぎ込む。後に残ったのは澄み切った琥珀の液体と柑橘系の鮮やかな香りだ。良質な茶葉に彼女は淹れ甲斐を感じていた。
「紅茶が欲しい人はどんどん言ってねぇ。あー、でもぉ、できれば最初はストレートで飲んでほしいかなぁ」
　ポットを手に瑠奈は席を回ってカップに注ぐ。いの一番に名乗り出たのは他でもなくののこだった。
　円錐状のろ紙がセットされた漏斗に碧南は豆を入れていた。スプーンで平らにならして表面を均一にする。
　次に彼女は細い口のヤカンを手にした。そして予めお湯を沸かしたヤカンも手にする。細口のヤカンへと沸騰したお湯を移し替えることで温度を適温まで調整しているのだ。
　碧南は砂時計を回して砂を落とし始める。同時にゆっくりとならした豆にお湯を少し注いだ。雫の様に、ぼたぼたと、一滴、二滴と。
　コーヒーにとって蒸らしとは茶葉におけるホッピングぐらいに重要だ。この蒸らしが豆の隅々に行き渡ることで初めてうま味の成分を最大限に抽出できるようになるのだ。そして何より蒸らしと抽出は通しで３分ほどで終わらせる必要がある。
　蒸らしが終わるとちょろちょろと細いお湯を注ぎ始める。時計回りに豆へと垂らしていく。すると少しだけ泡が吹き上がって膨らんだ。
　ローストナッツのような香ばしい匂いがあたりを包む。その中で砂時計が落ち切ったことを確認するとフラスコから漏斗をおろした。そしてお湯を注ぎ込んで最終的に量を調整する。
「こうやってゆっくり淹れることで、コーヒーのうま味成分がね、凝縮されてでてくるの」
　コーヒーのうま味成分は最初の段階でほとんど抽出できる。自分で淹れたコーヒーがえぐかったりするのは、必要量まで淹れようとして知らずにえぐみ成分まで抽出してしまっているからだ。時間になったらすぐに外す。そしてお湯で残りを調整する。これで深くキレのあるコーヒーが出来上がるというわけだ。
　短い間ではあるが彼女の腕は確実に上達していた。
「ただ、まだコーヒーメーカーほど安定して淹れられないのが残念ね」
　最後に軽く味を確認。香ばしさの裏側に隠れた甘味を感じる。成功だ。
　出来上がったフラスコのコーヒーを手に碧南は給仕に向かった。
　ふとねむるはクレープの生地が切れたことに気付く。それを受けて四月が追加のクレープ生地を焼き始めた。ツナや野菜もすぐ尽きてしまい残りは生クリームとチョコレートソースのみという状況。
「ねえみんな」
　お菓子もある程度少なくなった頃、いつになく神妙な面持ちでののこは言った。
「今日は本当にありがとね」
　各々でコーヒーや紅茶を嗜みつつ静かに耳を傾ける。
「すっごく嬉しかったの。だって、最初はこんなに人が集まるなんて思ってもみなかったんだもの」
　カップの中の紅茶を彼女は眺め続ける。
「真央ちゃんも、ねむるくんも、望春くんも、円ちゃんも、月詠ちゃんも、四月ちゃんも、碧南ちゃんも、澄佳ちゃんも、刀くも、圭花ちゃんも、修くんも、瑠奈ちゃんも……ほんとうに、ありがと！」
「気にする事はないのだよ」
　真央が笑っている。そしてカメラを手に立ち上がった。
「それじゃあみんなー、記念に集合写真を撮るからののこちゃんに集まるのだー」
　おー、いいね。と声があがり始めた。ののこの周囲に全員が集まったのを確認すると真央はファインダーをのぞく。
「もっと笑顔になるのだー」
　丁度良い場所を選ぶと真央は小さな三脚でテーブルの上にカメラを設置する。それからタイマーをセットして真央も急いで輪の中に加わた。
「いえーい！」
　ぱしゃり。
　外がうっすらと黄昏に染まる中、食堂からは明るい声が響くのだった。


●後片付け
　残ったコーヒーを飲みつつねむるは使い終わった紙皿を片づけていく。
　案の定お菓子は余ることがなかった。残ったハムやキャベツなども卵と炒めて簡単に料理されていた。それもすぐになくなった。
　使った分の小麦粉に関しては後日改めて補充することで決まる。調味料に関しては何も言われていない。
　家庭科室の洗濯機でテーブルクロスは洗濯されている。ラジカセも、コードリールも、あらゆる機材が元の場所へと戻っていく。ののこたちが食堂の整理と掃除を行うたびにパーティーの痕跡は消えていく。
　飾付もなにもなくなった食堂は元通りになっただけである。にもかかわらず寂しく感じるのはパーティーが楽しい以上に、自分たちで準備を含めて行ったからだろうか。
　円に突かれつつ、ののこも掃除を頑張っていた。片づけ終わった今となってはそんなことはわからない。しかしいつの間にか撮影担当に転身していた真央の写真が証明してくれるだろう。
　そしてここでパーティーがあったことも証明してくれる。