焼きそばパンＤＸをこの手に！｜リアクション

焼きそばパンＤＸをこの手に！

　そして、最前列の二人。

（夢の中みてぇ……）
　朝陽は無意識にあんパンを注文しようとして、瞬時戸惑う。
（不自然な気がするぜ……）
『ひと』であるがゆえに、ろっこんの効き目の弱い彼。
　そして脳筋、成績激悪といっても、判断力にかけては人一倍の鋭敏さを見せる彼。
　彼は少しの間で、魔幻の空間から逸早く抜け出て、正しくメニューを言うことが出来たであろう。
　時間さえあったら。

　全身を汗と葛湯で滴らせながら、ふるえる手で信彦はメモ書きを手渡した。
　そこには、こうあった。
「ヤキソバパンDXを含めて全品一個ずつください」

『全種類のパン』には、当然あんパンも含まれている。もなかの強制はクリア。
　疲労の上の精神攻撃だが、メモを差し出すことは可能だった。
　不屈の男！　彼は二重、三重にも策を用意し、それを遂行するための鋼の意志も持ちあわせていたのだ。
　葛湯と洗剤にまみれ、二度も顔面を打ち付けても、彼の意志は折れることはない。
　そして彼は「なぜか幸運にも」利平のバイト代などを持っており、財布が潤っていたのだ。

　売り切れ分はごめんねー、という声を聞きながら、信彦は意識が闇に沈んでいくのを感じた。

　こうして戦いは終わった。

　だが、この舞台のもう一人の立役者について、触れないわけにはいかない。

　今回の争奪戦、あまりにことがうまく運びすぎていたことに、気づいた人はおられよう。
　不安定状況下のろっこん、信じがたいほどの幸運の連鎖。
　それが、誰かに仕組まれたものだとしたら？

　あちこちにぶつかり、残らず罠にかかり、蛇那伊の迫力に気おされて転落し、ゾンビ生徒に踏みつぶされても、璃亜は購買部へやってきていた。
　彼女にとってはこの程度の不幸は、日常茶飯事。
（ここまで来たのだから、お昼ごはんは食べねば……）
　生徒たちをかき分けかき分け、購買部に入った瞬間、再び群衆がうごめき始めた！
　もなかのろっこんが発動したのである。
　
　もみ合いの中で窒息しそうになりつつ、璃亜は財布を取り出そうとする。
　妙にスカスカなポケットに手を入れた瞬間、彼女は重大なことに気付いた。

「教室に、財布を忘れたわ……」

　あふれかえる人波をかき分けて教室に戻り、今度は購買部で目当てのものを購入した生徒とぶつかりながら、彼女は購買部に戻ってきた。

　だが、時すでに遅しであった。

　彼女の身に降りかかる、とんでもない不幸。
　そしてそれと比例するかのような、周囲の幸運

　彼女のろっこん能力「周りを幸運にする代わりに、自分を不幸にする」能力に気づかぬまま、璃亜は売り切れていく購買部を眺めていた。

（今日も、お昼ごはん抜きね……）