焼きそばパンＤＸをこの手に！｜リアクション

焼きそばパンＤＸをこの手に！

　解説が必要だろう。
　もなかのろっこん『小豆の誘惑』。
　周囲の人間を無差別に「お菓子を食べたい」という気分にさせるこのろっこんは、本来さほど強力なものではない。
　もなかの言うとおり、このろっこんは、
「発動したのも気づかれない、役立たずのろっこん」のはずだ。

　しかし、この購買にいる者はみな「焼きそばパンＤＸを食べたい！」という欲望に身を滾らせていた。
　煮えたぎる油壺。彼女はそこに、火を付ければよいだけだったのだ。

　さらに言うなら、彼女はとある理由によって、すごく『幸運』でもあったのだ。

　だしぬけに刀は、身内に湧き上がった衝動を感じる。
　それは彼の加速そのままに電撃的な速度で脊椎を駆けあがり、脳幹に達しようとする。
（やばい！）
　とっさに彼は自制をフルモードにする。
　それもまた、神速。

　超絶の速度が、刀の頭脳でスパークした！
　彼の唇は、このような言葉を叫んでいた。

「こしあん……焼きそばパン……下さい！！」

　彼は、誰よりも速かった。
　自分の影をとらえられるくらい、速かった。
　自分を躱せ、自分を捕まえるほど速かった、彼は悪くない。
　きっと、メニューが豊富すぎる、購買部も悪くないのだ。

　誰よりも速かった男は『あんこのたっぷりかかった焼きそばパン』という謎のメニューを手にして、ぐっと目を閉じた。

（一度注文した者は、後ろに並ばなければいけない……それが鉄の掟）
　蛇那伊は瞑目した。巾着にそっと手を這わせる。
　彼女の一手は美しかった。彼女だけではない。みな美しかった。
　破れて悔いなし。寝子島高校屈指の審美家は、そっと快哉を送って、後列につく。

（やった……）
　もなかは、勝利感に酔っていた。
　役に立たないと思っていた自分のろっこんで、皆が餡パンを探し求めている。
　恍惚として傍らを見たもなかは、頭蓋を殴られたような衝撃を感じた。

　ボロボロになった修は、超然として窓際に立っている。
　その手には、潰れた焼きそばパン。
　列に並んでパンを買う気力がなかっただけなのだが。

（あの人、私のろっこんが効いていない？）
　パンを手にした修の姿は、何者によっても惑わされぬ、人間の意志の強さを体現しているようだった。
（どれだけ、焼きそばパンが好きなの？　あの人……）
　清々しい敗北感に打たれ、もなかは修を眺めていた。