装飾譚：腕時計「時間泥棒」｜リアクション

装飾譚：腕時計「時間泥棒」

その日、八神修はひとりで時間泥棒に足を運んだ。店員に何をお探しですかと尋ねられ、二十代後半の男性向けの時計を探していると答えた。どうやらプレゼントを探しているようだ。店員にいくつかの時計を進められ、修はスマートに礼を言った。
「あーっ。修ちゃんなのだ修ちゃんも時計買うのだ？」
聞きなれた声に振り向くと、後木真央の姿があった。真央は陸上部Tシャツに黒のハーフパンツ。赤猫のリュックを背負っている。
「やあ、真央。ああ、時計を買いに来たんだ。そっちもか？」
「そうなのだ！　欲しい時計があって、最近噂になってたから覗きに来たのだ♪」
ブイサインを突き出しながら真央が笑う。
「前の時計はちょっとぶつけて壊したのだ♪　だから普段使いの時計が欲しいのだ♪」
そう言って、真央も男性向けの時計が並んだショーケースを覗き込む。どうやら彼女が欲しいものは男性向けのモノらしい。友人の個性を理解している修は自然にそれを受け入れた。
「寝子島ティアラは女性のアパレルブランドが多いが、和服や時計は男性物も豊富だな」
「うんうんなのだ！　さっき円ちゃんたちとも会ったのだ！　ここの時計屋さんの袋を持っていたのだきっと円ちゃんボクシング部だしいざという時のメリケンサック兼用じゃないのだ？」
シュッシュっとシャドーボクシングを披露する真央。修は、流石にそれはないんじゃないかなと苦笑した。
「もうすぐ世話になってる運転手の誕生日なんだ。時間に正確な彼に、何か送りたいと思ってさ」
「ふむふむなのだ！　修ちゃんが買うならゴージャスな奴なのだー」
「いや。俺が稼いだバイト代で買うものだし、そんなに高価なものではないよ」
そう言って笑う修。修は趣味と近所づきあいを兼ねて時々近所で家庭教師のバイトをしているそうだ。修の考えている予算は時計の値段としては高額ではないが、高校生の買い物としては十分に高い額である。
修は店員が見繕ってくれたものの中から、クラシックな印象の時計に候補を絞った。アラビア文字でクッションケースの時計が気になる。ちなみに、この場合の「ケース」は時計本体の形のことだ。クッションケースは真円の文字盤を、角の丸い四角形がつつむようなタイプである。
「色は……仕事着を考えると黒か。なあ、真央。この時計、バンドは牛皮とチタンどちらがいいかな？」
「真央ちゃんチタンがいいと思うのだ！　真央ちゃんの体格で対人武器に使うのは下策だけど男の人ならバッチグーなのだ！」
「真央、メリケンサック目的から離れよう」
「やー、こんだけ神魂事件にあたりまくると何が何に使えるか考えまくるのだ！」
それも一理あるの、か……？
首をかしげながらも修はチタンのバンドを選び会計を頼む。カードも添えてもらった。
続いて真央の買い物である。
「男性用・デジタル・生活防水以上・ストップウォッチ付・ベルト金属まではテッパンなのだ……」
真央が狙いを定める猫のように、両手をショーケースにかけている。デザインよりも実用性を重視しているらしい。
「これなんか好きそうだな」
修が男性用のダイバーズウォッチを指さす。ごついデザイン。
「確かに憧れるのだ！　10気圧防水だし値段もギリギリ予算内なのだっ。これにするのだ！」
真央は会計を済ませると嬉しそうに時計の入った紙袋を掲げる。時計、買ったどー！！
「9月は体育祭もあって忙しいのだこの時計つけて頑張るのだー」
「もうそんな季節なんだな。ティアラにはスポーツショップもあったっけ」
「帽子屋さんもパジャマのお店もなんでもあるのだ！　プレゼントを買いに来るにも便利な場所なのだ」
「違いない」
買ったものの重みを指先に感じながら、修が頷いた。

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