紅い玉がでるまで｜リアクション

紅い玉がでるまで

　八神修は、この事態を興味深い物として受け取っていた。

　自室に戻ってきた。
　どさり、と袋を下す修。中にはおびただしい量の玉が入っている。
「神魂の悪戯なのだとしても、だ」群がる動物をあやしながら、玉をつまむ。「そこに怪異があるなら、俺が調べないわけがない」にやりと笑う。

　寝子ヶ浜の軍師の異名を持つ彼。
　玉の法則性を見極め、ひいては記憶、感情との連関を掴むため。
　彼は膨大な記憶、感情を収集し、体系化しようともくろんでいた。

　橙、黄、青……。
　ねこったーなどを駆使しつつ、修は一つ一つ玉を調べていく。
　気の遠くなるような作業だ。
　かなりの種類がそろっている。
　だが、まだ……噂の『紅い玉』がない。

　強い感情は、情報に方向性を与え、心を動かす。
　人を動かす力。それに修は興味を持っていた。
　修は息をつく。なければ、自分で試みるのみ。
（感情の玉？　出せといわれれば、出せるよ）

（感情は作れるんだ）
　修は意識を集中させる。
（記憶と感覚を想起して再現すれば、感情もよみがえる。
　演技とかじゃない。脳内での再現だ）

　彼は思い出す。
　母の死を、聞かされた時の悲しみ。
　墓参さえ許されず、大人の事情で家に閉じ込められた憤り。
　自分の一番苦痛な記憶を、修は容赦なく暴く。

（強い記憶こそ、強い感情を呼び起こす）

　ラファールが、鼻づらを寄せてきたときの嬉しさ。
　テストが満点だった喜び。
　そして……。

　彼女に出会えた幸せ。
　彼女がほほ笑んだ時の、言い表せない感情。

　異物感を感じ、彼は掌に玉を吐きだす。
　淡い色の橙。
　修はそれを、壁に叩きつける。

　こんなもんじゃない！
　あの時の気持ちは、こんなのじゃなかったはずだ！

　もっと、もっと緻密に、鮮明に……。

　胸苦しいほどの集中力で、修は彼女をよみがえらせようとする。
　こんなんじゃ足りない。もっと……。
　
　逆光の中で、彼は記憶に追いすがる。
　暈のかかった輪郭。おぼろげな笑顔。

　たった一つの洋菓子から、記憶と感情をよみがえらせる。
　そうして書かれた、長大な小説があった。
　音響が遠ざかり、現実にうすいヴェールをかけて、それでも修は記憶の再生に没頭する。